第98話 クリエィティブな人たち

     

 

 ☆コランの系譜 

 裸の若い女が草の上に仰向けになって寝転んでいる。岡田三郎助(1869-1939)が大正6(1917)に描いた「花野」(65㎝×91㎝)である。

 その絵は、私の実家のすぐ近くに佐賀県立美術館の2階の、他の三郎助の作品と共に飾ってあった。

 岡田三郎助「花野」PostCard】

 しかし、この絵はどこかで見覚えがある。そうだ、黒田清輝にこれと似たような絵があったはずだ!

 三郎助は同じ佐賀出身の久米桂一郎(1866-1934)の紹介で黒田清輝(1866-1924)と知り合った。そして1897年、フランスに留学して、久米や黒田が学んだラファエル・コラン(1850-1916)に師事している。同じ様な絵があっても不思議ではない。

でも、一度気になりはじめたら、頭の中がすっきりしない私である。すぐに箱根のポーラ美術館に向かった。あった! 黒田清輝「野辺」、明治40(1907)の作である。

 【黒田清輝「野辺」PostCard

  そして偶々であるが、数日してポーラ美術館の学芸員による絵画の講演会があった。聴講した私は、その講師に訊ねてみた。黒田清輝の「野辺」と岡田三郎助の「花野」はよく似ているが、何か意識してのことであろうか、と。

 すると、さすがは専門家である。後日、その方は資料を送ってくださった。

 1900年パリ万国博覧会のカタログ写真に掲載されている「R.Collin が描いた絵」をである。

 R.Collin

 学芸員の方は、この三枚の画こそが、黒田清輝と岡田三郎助がR.Collinに学んだことの絵画的証であるとおっしゃる。その上で「しかし・・・」と続けられる。「Collin1900年、黒田は1907年、そして岡田は1917年の制作である。なぜ岡田は17年も経ってからこの絵を描いたのだろうか? 研究してみる価値がある」と。

  「なぜ?」とは、大正6年(1917)のころの岡田の絵画に対する姿勢、心理を考察したいということであろう。さすがは研究家である。何事も真実の探究はかくあるべきだと感心する次第である。

 でも、黒田のそれも、岡田のそれも、おそらく師コランを越えようという、新生日本の胎動のひとつであったろう、と私は思う。

 そういえば、佐賀の美術館にもCollinの絵が展示してあった。

  追記であるが、岡田と黒田にはまだ同様のモチーフの絵がある。岡田三郎助の「淙々園にて」(昭和10年)と黒田清輝湖畔」(明治30年)である。「花野」と「野辺」とあわせれば、小説にできるような面白い真実が発見されると思う。

 

☆「江戸ソバリエ」誕生()

  さて、蕎麦の話である。

 近ごろわが故郷佐賀でも蕎麦の香りが漂いはじめている。福岡から三瀬トンネルを通って佐賀市街へ行く263号線には、いま12軒ほどの蕎麦屋が点在している。この道を人は「三瀬蕎麦街道」と呼んでいる。

 そのうち、私がときどき訪ねるのは「木漏れ陽」である。叔父に教えてもらったのであるが、主人の友田泰彦さんは自家栽培が特色で農家が蕎麦屋になったような人である蜂蜜と豆乳をミックスした蕎麦の芽ジュースが目玉で、たいていのお客さんが口にしておられる。他に、蕎麦の芽をアレンジした料理ガレットなども楽しめる。

 江戸の昔は肥前の国も蕎麦を栽培していたのであろうが、次第に米処、小麦処となって蕎麦文化は消えていった。しかし佐賀は麺処である。ソーメンは九州で最も古くから作られてきたし、製麺機は佐賀で初めて開発された。そんな麺王国佐賀の蕎麦だから、明日が楽しみである。

 

 ポーラ美術館がある箱根の蕎麦屋さんといえば、思い出すのは故高瀬礼文先生とご一緒した「竹やぶ」である。

 もう10年も前になろうか、知人の笠川さんのご紹介で、高瀬先生を訪ねたとき、「竹やぶ」に行こうということになった。これまで「竹やぶ」の本店は行ったことがあったが、箱根店はおじゃましたことがなかった。幸い、今日はご主人阿部孝雄さんもいらっしゃるという。阿部さんは芸術家が蕎麦屋になったような人であり、何から何までが独創的である。建て物、調度品、食器、果てはサインにいたるまで、拝見する度に舌を巻く。もちろん、蕎麦や料理も一級品である上での話だ。

 横浜元町に「一茶庵」という名店があるが、そこの片倉さんですら、「阿部さんの店に行くと、刺激をうける」とおっしゃるほどだ。

  その後、高瀬礼文先生に江戸ソバリエ認定講座の講師をお願いすることになり、また高瀬礼文先生がご参加していただくことによって「まつ屋」の小高先生など蕎麦業界の方々の信頼をいただき、「協力する」とのお言葉を頂戴したのである。だから、いま振り返ると、あの日の箱根行きがなかったら、江戸ソバリエ認定事業は成り立っていなかったのである。

 故高瀬礼文先生の論理性、阿部さんの芸術性、そして友田さんの農性・・・に感心しながら、箱根を後にした。

参考:「江戸ソバリエ」誕生(第46、50、51、53、54、57、58、60、82話)、佐賀県立美術館(佐賀市城内)、久米美術館(目黒区目黒駅前)、ポーラ美術館(箱根町)、松本誠一『岡田三郎助』(佐賀城本丸歴史舘)、友田泰彦『木漏れ陽』(佐賀新聞社)、阿部孝雄『竹やぶの蕎麦』(三水社)、

 〔江戸ソバリエ認定委員長、エッセイスト ☆ ほしひかる