<コンビ二創業戦記・別伝>「DCVS回想録」第16回

      2017/01/24  

http://fv1.jp/1124/<海外視察ツアーの思い出>(その7)

<(株)ローソン時代(1996~2006)②

「日本食糧新聞・海外視察ツアー」について (その②)

前号に引き続き、私にとっての第17回目と第18回目の海外視察に当たる「日食海外視察」を、簡潔に紹介したいと思う。

 

――1997年(平成9年)5月・「日食海外視察」ーー(第17回)

*視察テーマ・「米国流通変貌の底流を探る・家庭内内食の台頭」

*視察先・「シカゴ(FMI展)・アトランタ・ロスアンゼルス・カールスバツト」

*参加者・(コカコーラ)浪花さん、(ヤスマ)濱名さん、

(江戸屋)塩野谷さん、(日本製粉)今安さん、

(ヱスビー食品)生田さん、(常盤薬品工業)中井さん、

(タケショウ)小野さん、(石井食品)鎌田さん、

(新川運輸)上野さん、(武田薬品)谷さん、

(ヒガシマル醤油)大谷さん、北岡さん、(新和食品)三浦さん、

(浅沼商会)高木さん、(日本食糧新聞)上岡さん、

(日本通運)山田さんと私の計17名。

皆さん、中々の猛者ぞろいであった。ツアー中の面白い裏話もあるがここでは割愛する。

今回のメーンエベントは、シカゴのFMI展視察とアトランタでのコカコーラ本社訪問であった。

<FMIと『ケネデイ・コンシューマーズ・ドクトリン』>

私は,日食ツアーの度毎、参加の皆さんに、ケネデイの『消費者の四つの権利』に付いて紹介した。その内容は、概ね次のようなものであった。

【1962年3月、当時のJ・F・ケネデイ大統領は後に『ケネデイ・コンシューマーズ・ドクトリン』と呼ばれるようになる「消費者保護教書」を発表した。

そして、FMIの前身である全米SM協会の年次総会に、次のようなメツセージを送ったのである。

その頃、資本主義と社会主義の冷戦時代にあって、米ソの対立は一触即発の危機にあったが、「スーパーマーケット(SM)の存在こそ、アメリカの豊かさと資本主義の優位性を示すシンボルである。

SMの社会的使命は、サイレント・マジョリテイである消費者の四つの権利を守り,向上させていくことである」との、格調高いメツセージを贈った。

「消費者の四つの権利」とは、

1・「安全を守られる権利」

2・「情報を知らされる権利」

3・「選択できる権利」

4・「意見を聞いてもらえる権利」である。

これが『ケネデイ・コンシューマーズ・ドクトリン』と呼ばれ、消費者主権の基本的な指針となったものである。

そして次第に、「消費者教育を受ける権利」や「消費者被害救済を受ける権利」、「健康な環境を求める権利」、更に「取引条件の決定に参加する権利」へと広がりを見せ、人間としての生活を最優先に守る基本的な権利」として、「生活者主権」の考え方へと発展してゆくことになる。

このことは、私の深く師事したダイエーの中内さんが、かつて日本経済新聞の『私の履歴書』に、「全米SM協会の総会で、ケネデイ大統領のメツセージを聞いて、自分の進むべき道が決まった」、と感慨を込めて書いておられる。

ある意味で、戦後日本の流通革命の道程が、本格的に始まる契機となった重要かつ歴史的なエピソードである。

『ケネデイ・コンシューマーズ・ドクトリン』こそ、流通に携わる者の忘れてはならない基本的理念であろう】、と。

 

   <FMI展会場付近で>        <コカコーラ本社前で>

<『コカコーラ本社訪問』>

コカコーラ社は米国を代表する世界的飲料メーカーであり、常にグローバリゼーションの最先端を走る伝説の企業であった。

どれほどの巨大な本社ビルを構えているのかと思いながら,日本コカコーラから米本社に出向されていた土井さんの案内で訪問したが、意外に小規模の、質素で、堅実な、手堅い社風を感じさせる本社であった。

緑に囲まれた自然豊かな環境の中、静かさな思索の雰囲気を偲ばせる社屋で、創業者の血筋を引くというニコルソン氏から、コカコーラ社の歴史と戦略に関するオリエンテーションを受講した。

また、創業の歴史に由来する品々を飾る部屋の案内などがあり、ニコルソン氏の祖父を記念しているという『ニコルソン・ルーム』で、昼食の歓待を受けた。

午後は、アトランタ市内のPABLIX、KROGER、HARRY’TEETERなどの店舗視察に、ニコルソン氏が親切にも同行され、何れの店でもストア・マネジャーが我々の質問に丁寧に応対してくれたのは感激であった。

まさにこれこそ、アメリカの「グッド・カンパニー」の典型なのだろうと、強く印象付けられたものである。「地球上の隅々にまでコカコーラが進出しているのも、ムベなるかな」、と好感を持ったのは間違いない。

「社風なのか、戦略なのか」、いずれにしても、「自社も、こういう会社にしたいものだ」、と感銘を受けたのは事実である。

  

   <コカコーラ社内で>        <ピートダイゴルフ場風景>

 

ーー1998年(平成10年)5月・「日食海外視察」--(第18回)

*視察テーマ・「代わる米国流通を現地で研究・食卓の主役HMR研究」

*視察先・「シカゴ(NRA展)、ワシントンDC、リッチモンド、ロスアンゼルス、パームリンクス」

*参加者・(三菱商事)花形さん、(雪印乳業)井上さん、

(日清製粉)辻武さん、山田さん、(なとり)名取さん、

(アサヒビール)上田さん、(東海漬物製造)門間さん、

(マルハ)鈴木さん、(日本製粉)仁見さん、

(日本通運)越智さん、と私、計11名。

人数が少ないせいか、視察途中で、大リーグ野球を観たり、有名なパームリンクスの「ピートダイGC」でゴルフを楽しんだりと、まとまりのよいチームになった。

ホワイトハウスや国会議事堂、ペンタゴンなどに加えて、ケネデイ大統領の眠るアーリントン墓地、ワシントン・オベリスク、リンカーン記念聖堂なども見学することが出来たのは幸甚であった。

今回はNRA展視察とHMR研究が、主目的であった。

NRA展とは、全米レストラン協会展示会のことである。

FMI展に比べると相当地味で、華やかさが全くない。食材は勿論豊富に展示されているのだが、どちらかというとホテル・飲食店用の調理機器の展示紹介に力が入っている感じだ。レストラン、ホテルのサプライヤー向けの展示会という印象である。

食品小売り業が、「MS=ミールソリューション」や「HMR=ホームミール・リプレイスメント」戦略に重点を置く動きの中で、外食産業がどう対応しようとしているかを見たいと思ったのだが、余り反応があるように見えなかったのは残念であった。

<『MS=ミールソリューション』と『HMR=ホームミール・リプレイスメント』>

当時のアメリカの食品マーケット業界では、五つのトレンド注目されていた。即ち

1・ヘルス・コンシャス=健康志向

2・エコ・コンシャス=環境志向

3・エージング・ソサイエテイ・コンシャス=高齢社会志向

4・ヴァリュー・コンシャス=価値志向

5・レーシング・コンシャス=人種対応マーケティング志向である。

その中でも特に、働く女性の増加によって家庭内調理を省く傾向が強まり、内食比率が低下、外食比率が向上して、食品小売業においては、『ミール・ソリューション(MS)』と『ホームミール・リプレイスメント(HMR)』戦略が、最重要課題とされていたのである。

消費者の食品購入の選択肢が広がり、複数の業態を使い分けるチャネル・サーファーが増加して、食品業態間の競争が激化していた。

いわゆる、「ストマック・ウォー」=胃袋争奪戦の激化である。

FMI調査では、テイクアウト食品の購入先は、FFが41%、レストトランが21%、SMが22%となっており、MSもHMRも、外食に奪われている胃袋のシェアーを挽回し、消費者の簡便ニーズを取り込もうという戦略である。

具体的には、SMの商品の括り方、売り場のレイアウトが大きく変化しつつあったといえよう。例えば、

①・コンビ二エント・ミール売り場=デリカ、インストアー・ベーカリーなど、一寸手を掛けるだけで食べられるもの

②・DIYミール売り場=自分で選んで調理する素材食品

などのMS(ミールソリューション)部門を、店舗入り口に配置することを、最優先強化課題とする傾向である。

ボストン・マーケット(テイクアウトFF)とユークロップス(SM)は、そのパイオニアとして注目を浴びていた。

その頃、日経流通新聞が、MS&HMRの特集記事を組んで、詳細に報道したほどである。

ボストン・マーケットの事業コンセプトは、HMR(家庭で食べる食事のアウトソーシング・ビジネス=内食代行サービス業)にあり、他の外食のお客を奪ったのではなく、内食代行=フードサービス・オペレーターとして新しいマーケットを創出するところにあったという。

商品構成は,

①・「READY TO EAT」=そのまま家の持ち帰り、暖かい食事としてた食べられるもの

②・「READY TO HEAT COOK」=家の持ち帰り、手を加えたり温めたりして食べるもの

③・「SPECIALITY」=カット野菜、果物、サラダなどの新鮮パツクもの などである。

あくまでも、HOMESTYLE MEALにこだわり、食事サービスそのものを提供するという考え方の立っていた。

ボストン・マーケットは1986年創業、1992年から本格展開して1997年には1000店舗を越え、全米一の急成長企業注目されたが、その数年後に行き詰まったと聞いたが、コンセプトの誤りというよりは、経営手法に問題があったのではないかと思う。

 

<ボストン・マーケット>         <サラダバー>

一方、SMの「ユークロツプ」は、創業60年になる首都ワシントン州のローカル・スーパーチェーンであるが、1997年11月にオープンしたばかりのチェスターフィールド・クロシング店を見学することが出来た。当時としてはよく考え抜かれた斬新な店舗であったと思う。

先ず売り場店頭に《YKROP’S FREShNESS PLEDGE》が大きく掲示されていた。その内容は、

【FRESH AND DERICIOUS OR NOT AT ALL。

UKROP’S HAS AN UNPROMISING COMITMENT TO THE FRESHNESS AND TASTE OF ALL

THE FOOD WE SELL。

OUR PURCHASING AND SElLING POLICIES ARE DESURED TO ENSURE THAT OUR CUSTMERS BUY FOOD AT THE VERY PEAK OF ITS TASTE。

TASTE THE FRESHNESS。】

自らの店を「MEAL AIDEA STORE」と規定し、売り場を、「ENJOY A GREATE MEAL」のスローガンの下に、「MEAL AIDEA CENTER」と称して、12のコーナーを設けていた。

①・NATURAL・FOODS CENTER、

②・ORGANIC・FOOD CENTER,

③・SARAD・BAR CENTER、

④・SUSHI・BAR CENTER、

⑤・BREAKFAST CENTER、

⑥・CHEF’MEAL CENTER、

⑦・EASYMEAL CENTER、

⑧・UKROP’S CENTER

⑨・HOTMEAL CENTER、

⑩・GRILL&CAFE CENTER,

⑪・ITALIAN CENTER、

⑫・SHURINP&SEA・FOOD CENTER、

の12センターであり、日経流通新聞の報道が極めて正確であること確認した。

前回までの視察でも、MSやHMRには関心があったのだが、各地の店頭現場を見る限り大したことはなく、ややスローガン倒れではないかと感じたものだが、「UKROP’S」のこの新しい店舗を見て、漸く本格的なものが出現したかと感じたものである。

ここに参考として、「UKROP’S」の経営理念体系を掲示しておきたい。

                <「UKROP’S」の経営理念体系>

あれから15年ほど経過したが、その後この店がどのように変化しているか、是非とも、もう一度見てみたいとの感慨しきりである。

(以下次号)