第346話 江戸の昔に還らぬか!

     

~ とちぎ江戸料理 披露式 ~

002とちぎ江戸料理 御献立

 知り合いの料理研究家冬木れい先生に「とちぎ江戸料理」の披露会に誘われた。ちなみに、冬木先生のご主人は芥川賞作家の大岡玲さん、著書のひとつである『日本グルメ語辞典』は、ずいぶん参考になる。われわれ江戸ソバリエにとって大切なキーワードである「コシ」「キレ」「野趣」などについても見事な解釈をしてあるので、「ぜひご一読を」とお薦めしたい。

☆栃木宿
さて、栃木市は「蔵の街」「小江戸」としてその風情が愛されている街である。始まりは、例幣使街道の栃木宿として賑わったことによる。
例幣使とは、幣を神に捧げるために朝廷から派遣される勅使のこと。
日光東照宮では4月15日から家康の命日である17日まで大祭が行われるが、その祭礼に合わせて例幣使が派遣される。一行は4月1日に京を出発。草津宿から中山道に進路をとり、碓氷峠を越えて上州へ。4月11日に倉賀野宿から例幣使街道に入り、日光西街道、日光街道を経て4月15日に日光へ到着。そして16日に奉幣を済ますと、京へ帰ったという。
4月初旬、例幣使一行30~40名は栃木宿の本陣とされていた名主の長谷川四郎三郎家に世話になったのだろう。そこでのご接待は、江戸料理だったのか? あるいは栃木の郷土料理だったのか?
そんなことを想いながら、巴波川の畔を会場まで歩いて行くと、途中の青い空に鯉幟の鯉が群れて泳いでいた。

☆とちぎ江戸料理
会場となっている横山郷土館は有形文化財、明治の豪商の館だ。当時は銀行も経営していたらしい。
席は、「煎酒」で知られる銀座「三河屋」の社長さんと、テレビ東京の大浜キャスターと同じ卓だった。冬木先生が気を遣って一緒にしてくれたのだろう。
煎酒というのは、日本酒に梅干と花鰹を入れ、コトコトと煮詰めた江戸時代の調味料。江戸料理研究家の福田浩先生から「面白い調味料だ」とうかがっていたので利用したことがあった。サラダにも合うかと思えば、蕎麦掻も旨い。煎酒は、万能調味料といわれる醤油以上に万能のように思う。そんな煎酒の発売にいたるまでのお話を社長さんからうかがいながらの楽しい食事会となった。

御献立は、向付・汁・飯・煮物椀・焼物・炊き合わせ・強肴・八寸・香の物、となっている。
このうちの、汁・飯・煮物椀・焼物・炊き合わせ・香の物は、誰でも想像できるだろう。向付は刺身、酢の物などの一品料理。強肴は酒の肴。八寸も酒の肴になるような海の幸・山の幸の盛合わせ。
言葉は難しいが、コース料理全体を交響曲と見て、各々を第一楽章~第四楽章みたいな楽章だと考えればいい。たとえば、向付という楽章には、また色んな物が入っているというわけだ。
その楽章の中の強肴、八寸は、一鉢盛りにして、銘々が器に取り分けて頂
くが、この作法はたくさん並べる卓袱料理の影響だとされている。

ところで、今日のようなコース料理を「御献立」という。「献立」の献は「一献」の献、すなわち料理とお酒を頂くという意味からきている。「御献立」の場合は、正式だからできるかぎり漢字、英語、仏語で表記するのが慣わしらしい。
一方、お店に貼ってある「お品書き」は、単品の料理名、そして子供でも分かるようにひらがなで表記してあることが多い。

御献立表のうちの、濃漿は味噌仕立の汁で長時間煮込んだ料理、「鯉濃」などもここからきている。煎り出しは素揚げ、モロコは雑魚の佃煮である。
今日の御献立の中で、一番口にしたかったのは、郷土料理の《しもつかれ》であった。それはぶつ切りにした塩引鮭の頭に粗く擂り卸した大根や人参、炒った大豆、酒粕などを加えて煮込んだ料理だが、江戸ソバリエの松本忠久さんがこの《しもつかれ》を研究し、『ある郷土料理の一〇〇〇年「元三大師の酢ムツカリ」から「シモツカレ」へ』という本にしてまとめられ、上梓されていたので、一度食べてみたいと思っていたところだ。

いま全国各地の、特色ある食べ物の売込合戦は激しさを増している。それらはだいたい単品料理で、アツイ! ツメタイ! アマーイ! カラッイ! といったものが多い。そうした方が訴求力があるからだ。しかも発泡スチロールの食器で、立ち食い。これらを「B級グルメ」という。
しかしながら、ほんとうの料理というものは、雰囲気のあるお座敷で、いい器に盛られた、コース料理をゆっくり頂いた方が美味しさも増して、心にも残るものである。ましてや例幣使が通った栃木宿の料理なら、なおさらそうであろう。

そういえば、大正から昭和初期にかけて「蕎麦打ち名人」と謂われた村瀬忠太郎は、変化してきた蕎麦を見て、「なぜ、江戸の昔に還らぬか!」と嘆いたというが、栃木宿の人たちの「江戸の味」を求める試みもなかなか粋ではないかと思う。

参考:大岡玲著『日本グルメ語辞典』(小学館)、
松本忠久著『ある郷土料理の一〇〇〇年「元三大師の酢ムツカリ」から「シモツカレ」へ』(文芸社)、
平成28年3月16日テレビ東京「WBS」放映「江戸絶品グルメ」、

〔エッセイスト ☆ ほしひかる