第403話 漢字経路:ひらがなけいろ

     

ある日、ある所に出張した折、ついでに現地の知人と会う約束をしたので、ホテルで待っていた。ロビーには大型テレビが設置してあって、『科捜研』というドラマを放映していた。
あるお笑いコンビが、「最近、変な事件ばかり起きているけど、なかなか解決しないナ」と言うと、もう一人の相方が「警察は、もっと科捜研の沢口靖子さんを活用すればいいんだ。1時間で解決してくれるヨ」「バカッ」とやっていたくらいの人気番組だ。
案の定、画面の沢口さんは「脳には、漢字認識経路とひらがな認識経路がある」ことに気付き、事件解決の糸口を見つけるというところで知人がやって来たため、後は見なかったが、彼女に任せおけば大丈夫だろう。
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なぜ、あの番組が気になったかというと、常々「蕎麦は漢字で書こう」と言っていることがそこにあったからだ。
ドラマで言っていたことは、どういうことかというと、文字は先ず後頭葉で受けて、そのうち漢字は側頭葉で処理され、かな類は頭頂葉で処理されるということだ。
いうまでもなく、「日本語の文章=中国由来の漢字+日本独自のひらがな」でできているが、それに現代になってからは「+外来英語」も加わった。
これらのことを図式的に示すと、こうなる。
*漢字 ⇒ 後頭葉 ⇒ 側頭葉
*ひらがな・カタカナ・アルファベット ⇒ 後頭葉 ⇒ 頭頂葉

別の表現をすれば、
1) 漢字しかない中国人は側頭葉人間
2) アルファッベットしかない欧米人などは頭頂葉人間
3) 独自のかな+中国由来漢字の言語を作りだしたわれわれ日本人は側頭葉・頭頂葉人間だといえる。
ただし、「オリジナル言語+漢字」の言語を作りだしたのは日本ばかりではない。
巨大文明国の周辺に位置する朝鮮半島の人やインドシナ半島の人も同様である。
ところが残念なことに、近年になって韓国は漢字を棄ててハングル表記にしようとしているし、ベトナムも漢字やベトナム文字を棄てて、アルファベット表記にした。
戦後日本もそのような危機があった。というのは日本を占領していたトップのマッカーサーが日本語の複雑さに閉口し、日本文字を廃し、ローマに替えようとしたが実現できなかった。しかし、その策に賛同した科学者さんたちが、博物辞典などをローマ字で準備していたため、止むなくカタカナにしてしまったという話を聞いたことがある。そのため、植物などは、たとえば染井吉野はソメイヨシノとなり、生物・動物などは、たとえば金目鯛はキンメダイと、全部カタカナ表記になったらしい。戦後の裏面史なので、今となっては真実は分からないが、当時のローマ字賛成論の新聞記事は見たことがある。
しかし、一時期はそんなこともあっただろうけど、現代日本ではさらに英語も積極的に取入れ、漢字・ひらがな・カタカナ・アルファベットという世界に類を見ない日本字を使いこなしている。それゆえにそれを処理する脳もまた世界的に特殊な能力といえるのである。

ところで、世界を見回すと、各国は識字率が必ず問題になっている。要するに、文字を読めない人が何パーセントか存在するのであるが、日本ではそのことが問題にはなったことはない。それは日本人が高度の「側頭葉・頭頂葉人間」だから、読む力が高いのである。
たとえば、「貴方の側でお蕎麦を食べたら、美味しかった。」という文章を読んだ場合、漢字+ひらがな文では「貴方・側・蕎麦・美味の4字を見ただけで意味を掴める。というか、間にひらがなが入っているため、かえって理解しやすいのである。
一方の、かな・アルファベット文では「あなたのそばでおそばをたべたらおいしかった。」と21字全部読み終わらないと意味が通じない
だから、日本語の本は文庫本の量で済むが、英語の本はぶ厚くなる。
よく、「蕎麦」とか「暖簾」とか読めない人がいるからひらがながいいと言う人がいるが、漢字というのは象形文字の一種だから、元来「読む」ものではなく「見る」ものなのである。
そういう力をもった日本だから、長編マンガ、劇画が発達したのである。なぜなら、われわれ日本人は絵と文字を同時に読めるからである。

というようなことが、言われながらも、なぜ「そば」とひらがなで書き続けるのか?
それは業界でそれを研究したり、論じたりするのが理科系の人たちだからである。蕎麦界でいえば、職人つまり技術者、栄養学者、医学者、科学者などが蕎麦を論じるといった具合だ。もちろん彼らの仕事が業界発展のために一番大事である。が、彼らの世界では、言語文化は二の次になり、後に歴史や民俗関係者が加わっても、時すでに遅し、蕎麦界は「ソバ」「そば」が一般的になっている。言葉が命の文学者や詩人にとっては泣くに泣けない状況ができあがっているというわけである。
しかしながら、科学は人類の発展に一番大切なものであるが、暴走すれば銃も、原爆も作る。したがって、それを抑止する者が必要である。それが人間を対象とした文科系である。それを「文科統制」と呼びたい。軍人の上には文民がいなければならない。それを文民統制というように。

そんなことから、できるだけ名詞・動詞は漢字で書いた方がいいと唱える次第である。日本人の優れた能力「側頭葉・頭頂葉人間」のために。

*注:脳のイラスト左が前面、眼窩前頭皮質はこの文とは無関係だが、ここで食べ物などの味と香りを認知する。

〔文・イラスト ☆ エッセイストほしひかる〕