第407話 うまい「ほそ川」

      2017/03/16  

私の美味しい蕎麦切の基準は、両国の「ほそ川」である。
それは、「ほそ川」の蕎麦切には蕎麦のもつあまみ〟があるからだろう。
この場合の〝あまみ〟というのは、美味学でいう「甘味・塩味・酸味・旨味・苦味・辛味・渋味」の甘い味覚のことではない。
一般に、「美味しい♪」と言うとき、この七味が第一基準とされるが、それは外国流(アリストテレス、儒学)の舌学だ。だから、和食の視点からすると、「それに従うだけでいいのだろうか?」と疑問がわく。
どういうことかというと、私たち日本人は「主食」という食習慣をもっている。いうまでもなく「ご飯」である。これが美味しくなければ、食事は台なしになる。では、美味しいご飯とは何か? といえば、ご飯のもつ〝あまみ〟、腰、粘りなどの味わいであると思う。
この食式は、お蕎麦にも当てはまり、お蕎麦がもつ〝あまみ〟、腰、喉越しなどの味わいを蕎麦好きは求めている。
だから、われわれは最初につゆを付けずに蕎麦切だけを口にし、それを確かめたりするのである。

そんな〝あまみ〟のある蕎麦切には、天城の山葵が実によく合うことも、当店に通っているうちに気付いた。
高橋名人の蕎麦切には辛味大根がよく合うと思うが、それはそれとして、〝あまみのある蕎麦切+あまみのある天城の山葵は、ほんとうにうまい。
繰り返しになるかもしれないが、冒頭美味学の、七味の「旨味」は出汁(グルタミン酸やイノシン酸など)の旨味、「甘味」は糖分の甘さの甘味のことである。
しかし、そうではなく、「うまい」は「甘い」とも書けれど、こちらの「うまい」が日本人の美味基準ではないだろうか。

おまけ・・・。
この日は、対馬産の煮穴子と、京都産筍の天麩羅も頂いた。
煮穴子にもまた山葵がよく合ってうまかった。
筍というのは主として孟宗竹である。その天麩羅は揚げるのに10分以上もかかるという。しかし衣はパリッとしているし、薄味が付いていたのだろうか、その焦げた衣が実にうまかった。

〔文・絵 ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる〕