第467話 《万太郎好み》の世界

     

~ 世界都市東京へ ~

銀座は「歩行者天国」だった。車道には大勢の人があふれている。そうか、今日は土曜日だった。ほとんどの人は平和を満喫しているように幸せな顔をしている。ただ、すれ違う人たちの会話からすれば、半分は外国人であった。
松屋デパートの前に出ると、この道も満員。裏通りに廻れば、大正の雰囲気のある古民家がひっそり佇んでいた。ここが江戸料理の店「はち巻 岡田」である。
旧「なべ家」の福田浩先生(江戸ソバリエ講師)に誘われて第1回銀遊会に参加するため、私はそっと戸を開けた。家の中は、平成の銀座とは思えないような〝大正〟の空気が漂っていた。
福田先生と「岡田」の三代目、それに岩波書店前社長のYさんや三田文学会理事のSさんらがこの銀遊会を立ち上げたという。
今日の会は、声優の松尾智昭さんによる朗読から始まった。作品は水上滝太郎が昭和6年に上梓した『銀座復興』だった。「銀座」を材にした小説を銀座で朗読 ― これだけでも粋な計らいといえるが、今日の場合はさらにそれを越えたところがあった。というのも、小説は大正時代の関東大震災で人々が絶望し、そして廃墟から立ち上がるという物語であるが、その人々の中に「はち巻岡田」の店主がいたのである。その「岡田」の店主は、「復興の魁は食べ物にあり、滋養第一の料理は岡田にある。」と貼り出して頑張ったというエピソードをもつ人物であった。そういう創業者が登場する小説の朗読を本物の「岡田」で聞く。何と贅沢な企画だろうと思った。

さて、朗読が終わると、お楽しみの会食会であった。膳のテーマは《万太郎好み》となっている。
なぜ、ここで久保田万太郎か? というと、万太郎は、三田文学会の仲間である滝太郎の『銀座復興』を昭和19年に舞台用の脚本として発表、そして尾上菊五郎一座が帝国劇場で戦後初の芝居として上演したのである。
万太郎と滝太郎は三田文学の仲間であり、かつ「岡田」の常連だった。
そんな銀座尽の関係の中で頂く《万太郎好み》膳は、次のようなものであった。

一 空也最中
一 岡田碗
一 〆鯖
一 玉子焼
一 牡蠣田楽
一 御田
一 茶飯
一 べったら漬

噂の名物「岡田碗」 ― 糸のような白葱と鶏、いぶし銀のような味が江戸料理だ。それに牡蠣田楽 ― 牡蠣の旨味と味噌がよく合って、今まで食べた物の中でも屈指の美味しさであった。
江戸っ子の万太郎は、こうした江戸料理はむろんのこと、江戸蕎麦も好んでいたようで、更科堀井蓮玉庵神田まつやなどの老舗蕎麦屋にも足跡を遺している。

ところで私は、以前に『コーヒーブルース』という小説を書いたことがあるが、今日銀座「岡田」で箸をすすめながら、独り「これでつながった」と確信するところがあった。
というのは、今日の小説朗読は‘大正’の大震災と銀座復興、そして私の小説は‘昭和’の高度経済成長期のころの銀座を舞台にしていた。その中で私は、倶楽部の恵子ママを通して、‘その先’の銀座のことを想っていたのである。
大正と昭和を経た‘その先’とは何かといえば、来るときに通り抜けた平成の歩行者天国で感じた「国際都市銀座」みたいなことであった。
だから小説では、恵子にニューヨークへファションの勉強に行かせることにした。なぜなら、ローマ、パリ、ロンドン、ニューヨークの世界都市たる資格で共通するものの一つにファションがあるからである。むろん、高度な食文化も世界都市の資格の一つであることはいうまでもない。
だから、次に小説を書くときは、世界都市東京の食文化が主役になるだろう。
翻って、東アジアのことを考えれば東京(銀座)・ソウル・北京の三都市の食文化の交流と競争がちかい将来のうち進むだろうと夢想している。

《参考》
*第1回銀遊会(平成29年11月18日)
*水上滝太郎 作『銀座復興』(岩波文庫)
*久保田万太郎 脚本『銀座復興』(『久保田万太郎全集』中央公論社)

〔文・写真(名物「岡田碗」) ☆ エッセイスト ほしひかる