第478話 英語でSOBAを♪

     

英語版の蕎麦の打ち方「How to Make Soba」と、お蕎麦の食べ方「How to Enjoy Soba」がやっと完成した。
作りたいと思ったのは、二十数年前に道元の著書『典座教訓』(料理を作る人の心得)と『赴粥飯法』(食べる人の心得)を読んだとき、作ることと食べることはセットだなと思ったときである。
この考えは、江戸ソバリエ認定講座にも反映させて「手学」(作ること)と「舌学」
(食べること)を設定していたが、そんな思いを「英語版で」ということについて後
押してくれたのは、鎌倉「栞庵」(江戸ソバリエの店)の恩田さんだった。

恩田さんによれば、鎌倉という土地柄、外国からの観光客が多いから、英語版
の蕎麦の食べ方を用意したいとのことだった。
「思い」と「ニーズ」が一致すれば、こんな素晴らしいことはない。それに食べ方については、講座の「舌学」としてご紹介していたから、それを英訳すればよかった。
見回してみると、国の某省で通訳をされている大渡さん(江戸ソバリエ)という力強い味方がいらっしゃった。さっそくお願したところ、通訳だけに海外出張が多い日々にもかかわらず、ご快諾頂いた。あとはイラストか写真を挿入すればいいが、イラストも写真も、蕎麦が分かっている人か、または料理を専門とする人がいい。そうしないとニュアンスが違った作品になるからだ。
幸い、人伝でそういうイラストレーターとご縁を得たのでお願し、そして「How to Enjoy Soba」が完成した。

続いて、「蕎麦の打ち方」である。
江戸ソバリエの皆さまの中には、「国境なき江戸ソバリエ」として、海外への蕎麦普及活動をされている方も、また国内で留学生たちや来日された外国人などに蕎麦打ちを指導されている方がたくさんいらっしゃる。その際の「資料があればほしい」との声が届いていたので、これも着手してみようと考えた。
これについては、まず蕎麦打ちの基本を寺西先生(江戸ソバリエ講師)にお願いして、英訳は同じく大渡さんに依頼した。お二人ともご多忙であるにもかかわらず、ご協力頂き、感謝・感謝である。
さて、イラスト、あるいは写真をどうするかである。これは食べ方よりもっと正確さが求められる。つまり蕎麦打ちの技術表現は大変なことである。したがってこれについては蕎麦打ちのできる人で、かつイラストか、写真が上手な人であることが望ましい。
丁度、この企画の関係者である寺西先生と恩田さんが所属している神奈川ソバリエ会には写真が得意の五十嵐さんがおられるという。そんなわけで、会の木下会長にお願したところ、ご快諾され、神奈川ソバリエの会の皆さまにご協力頂くことにした。
ところが、蕎麦打ちの場合は、写真と文章とのやりとり調整が必要なことが、やってみて分かった。しかし、訳者の大渡さんはスイス大使館へ赴任されたばかりで、校正のやりとりが難しい状況であった。
なので、とりもなおさず完成させることを第一として「How to Make Soba」ができ上がった。

この二編は、当初の思い通りセットでご使用いただきたいと思っている。
ただ使い方には一工夫要るだろう。というのは、蕎麦打ち道具や材料を使って蕎麦打ちをしている最中は、とても「打ち方」の書類なんか見ている場合ではない。また美味しいお蕎麦ができ上がって目前にあるときは、そちらに目を奪われて「食べ方」の書類なんか目に入らない。
だから、恩田さんが云われるように、「外国からのお客さまにお土産代りにお持ち帰ってもらう」というのもいいだろう。
また、蕎麦打ちの場合は、事前の説明時間を設けたりするのもいいだろう。
そして皆様に広くご利用頂いて、この使い方が集まればいいなと思っている。

さらには、これが単なるマニュアル本に終わることなく、和食、あるいは日本の麺文化を外国の人に理解してもらうものにするためには、日本の蕎麦、あるいは江戸蕎麦が誕生した背景や文化論も、近い将来に添える必要があるだろう。

《参考》
*道元『典座教訓』『赴粥飯法』
*岡倉天心『茶の本』
*鈴木大拙『禅』

〔文・写真 ☆ 江戸ソバリエ協会 理事長 ほしひかる