第489話 江戸蕎麦が日本の蕎麦です

     

北京紀行-本編2

当然だが、海外で蕎麦振舞をする場合、現地でどんな蕎麦を供しようか、―
冷たい《ざる蕎麦》か、温かい《かけ蕎麦》か ― と事前に検討する。ここまではいい。
そんなとき、必ず「《ぶっかけ》にしようか」という声が出る。たしかに海外遠征の場合は、提供する側としては合理的だ。
しかし、こんなことがあった。ある蕎麦屋さんが「外国の客が来て、写真を見せながら、こんな蕎麦を食べたい」と言う。見ると《ぶっかけ》だ。「それはやってない」と返事をすると、日本からやって来た人たちが「日本の蕎麦はこれだと言った」と云い張る。「困ったものだ・・・」と言われた。
日本でもイベントでは《ぶっかけ》がよく見られる。でも日本人なら説明しなくても「これはあくまで臨時的な商品だ」ということを理解している。
でも、外国人はそうはいかない。教えられたものを素直に信じる。それが普通だ。それから私は、外国における蕎麦振舞は、日本の蕎麦屋にある一品にすべきだと思った。だから、《ざる蕎麦》か、温かい《かけ蕎麦》がいいだろう。
さらには、この一品だけでいいだろうかということになったとき、《蕎麦粥》だとか、《ガレット》だとかが話題になることがある。蕎麦通ほど知識があるため、いろんなアイディアの花が開く。
でもでも、ぶれてはいけない。私たちは「日本の蕎麦」=「日本の食文化」を紹介するために赴くのだ。《蕎麦粥》も《ぶっかけ》も歴史的には存在したかもしれないが、今はほとんど見られない。だから彼らが日本の蕎麦屋さんにやって来たときに、またまた混乱を招くことになるだろう。
何せ私たちは、蕎麦打ちは江戸式を見せるわけである。だったら、一品も蕎麦屋さんで商っているものにした方がいい。
蕎麦打ちは江戸の蕎麦屋が考え出した技術であり、その技術から江戸の蕎麦屋の一品が生まれた。
この江戸式の蕎麦打ちと江戸の蕎麦屋の一品を《江戸蕎麦》という。

この度の北京プロジェクトでも、われわれは「江戸蕎麦が日本の蕎麦だ」ということを念頭におき、温かい《たぬき蕎麦》を主に、従として《蕎麦いなり》を振舞うことにした。この主と従という順番を明確にすることが肝要だと思う。

見渡せば、《江戸蕎麦》も《郷土そば》も《世界の蕎麦料理》も整理つかないまま習って楽しんでいる方がかなりおられるようだ。興味が広がることは大いに結構だが、仮にそうであっても、本来の姿だけは見失ってはいけない。
その点、「江戸ソバリエ認定講座」を受講された方にはそういう人はいない。
現に、江戸ソバリエの会の石臼の会などは、定款に「江戸蕎麦とは」という定義を掲げておられる。素晴らしいことだ。

われわれ江戸ソバリエは、こう考える。
江戸蕎麦とは、都市の食文化として、江戸の人が独自に進化させ、現代東京へ、また将来へと引き継がれる日本の蕎麦である。( 江戸ソバリエ協会 )

〔文・絵 ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる