第494話 道元の桑の実

     

~ 寺方紀行 ~

久しぶりの永平寺だった。緑鮮やかな樹々、苔生した石、清閑さにつつまれた聖域・・・、さすがは天下の永平寺だ。
先ずは、長い板の廊下を渡った一室で法話を聴く。
「精進料理って何ですか?」 話は、こんな基本的な問いから始まった。
「肉・魚を食べないことと思われていますが・・・、」
わが国では仏教伝来の飛鳥時代から放生会などが行われていたというから、それと重なって、てっきり肉・魚を食べないことと思い込んでいた。だが、実は「食材を余すところなく使い切る」ということだった。

永平寺は道元が開いた寺であるが、道元は『典座教訓』『赴粥飯法』で知られるように食の思想家でもある。
その『典座教訓』の中に記されていることに、どうしても気になるところがあった。
それは、阿育王山広利寺の老典座との出会い。寧波の港での名場面であるが、老典座は「麺汁を作るために、‘椹’を求めているところだ」と云う。
問題は、この‘’である。多くの書では、椎茸だと解説してある。
しかし、中村璋八・石川力山・中村信幸全訳注の『典座教訓』『赴粥飯法』によれば、それは桑の実だという。念のために中国の辞典を調べてみても確かにそうなっている。また今日の法話の師も、中村・石川・中村全訳注の『典座教訓』『赴粥飯法』を見ながらであるから、椹とは桑の実のことだとおっしゃった。どうやら永平寺では椹は桑の実という解釈をしているようである。
では、その桑の実とは何だろう?
桑の実のジャムなら食べたことがある。また果物が大好きだった正岡子規は、桑の実を貪り食ったことを『くだもの』という随筆に書いている。そんなイメージの桑の実が麺汁として使えるのだろうか。
そういえば、あの栄西は『喫茶養生記』の中で桑の実を漢方のように紹介している。それからすると、汁ということもあるのだろうか。
そして、栄西は『喫茶養生記』で甘・鹹・辛・酸・苦の【五味】ということを説いている。この五味というのは、『尊勝陀羅尼破地獄法秘鈔』(唐代のインドからの渡来僧善無畏の秘鈔)からの思想だという。
そして道元は『典座教訓』の中で甘・鹹・辛・酸・苦・淡の【六味】を説いている。これは『禅苑清規』(宋代の長蘆宗賾:撰)から得た思想であるらしい。
このように、経典は違えども【五味】【六味】は同じ仏法から出たものであるが、和食にとって問題は【六味】の中の‘淡’である。
話を椎茸に戻すと、椎茸・昆布・鰹節を出汁として使えば‘旨味’が抽出され、‘淡味’の料理を作ることができる。
しかし、桑の実から‘淡’や‘旨’が得られるのだろうか?
桑の実が何たるかを理解していない小生には理解しようがない。そういえば、桑の茶なんていうのも市販されているようだが、とにかく桑の実の麺汁に挑戦してみる価値はありそうだ。

さて、法話が終わってから、精進料理を頂いた。
二の膳の御接待膳である。ご飯とお椀二つと香菜・別菜の平・小皿が七つ。
頂く前に、「食器は手に持って頂くこと」と言われた。それから五観の反省を唱えて、「いただきます」を合唱。
食べ方は一口に三度。皆より早すぎても遅すぎてもいけないと『赴粥飯法』には述べてある。ご飯とお味噌汁はお代わりをしてもいいということで給仕の僧も控えておられるが、給仕の仕方も速すぎても遅すぎてもいけないらしい。
膳の一つに珍しい物があった。【組子昆布】といって、細工昆布を揚げた物であるが、昔から永平寺の逸品であるらしい。お楽しみのデザートのような物だろうか。
食事が終わったら、皆でまた「ごちそうさま」。
それから典座の指導もとに菜頭たちが調弁(調理)する大蔵院を見学した。
白板に、僧たちの三食(小・中・薬)の献立が書いてあった。「小」は朝食、「中」は昼食、「薬」は夕食の略である。また「役」というのは「役平」の略で、「薬石」に老師だけの特別な一品が付くらしい。
柱の上を見ると、高い所に歳徳様が祀ってあった。最近ではあまり見られなくなったので、思わず写真に撮った。
終ってから、また長い廊下を通るが、一度通ってきたはずなのに迷子になりそうだ。やっと玄関に戻って来て、御朱印を捺してもらって失礼した。
私は、「道元の淡」から「和の味=旨味」に推移していった経緯をもっと知りたいものだと思いながら、永平寺をあとにした。


〔文・写真 ☆ 江戸ソバリエ協会 ほしひかる