第528話 蓮根の穴

     

牛蒡を食べるのは日本人だけ。蓮根を食べるのは日本人と中国南方の人間だけ、らしい。
その蓮の花は、わが故郷佐賀城の堀にも見事に咲いていた。それが子供の頃の瞼に残る原光景のひとつであるが、明治20年夏、佐賀を訪れた北原白秋もその美しさをこう書き残している。
~ 城の堀を青々と掩うている蓮は遥かに気持がいい。青い地に白い模様が浮き出してぷんと弱い芳い香がする。真直な水色の糸が蓮の葉に降ってささと鳴る。雨は灰色の空と緑の地とを連ね。窺い難き天上の秘密を洩らす。蓮の花の快きを通りすぎると町つづきとなる。太く古い町である。~
子供の頃は、美しく咲く花を無残にも折って、その実を食べたりしていたが、蓮根は地味なためか、あまり興味はなかった。
長じて、「白花の蓮根は小ぶりで粘りがあって美味しいけれど、紅花の蓮根はそうでもない」と聞いたりしたが、店には蓮根だけが出回っているので白花物なのか、紅花物なのかよく分からない。また部位によってどうのこうのともいうが、やはり店頭にはカットされたものが陳列されていて、選ぶときよく分からない。そんなこんなから蓮根なんてみな同じと思っていた。
ところが、ある年に茨城のH先生から頂いた蓮根が美味しくて驚いたことがあった。昔は湿地帯の江戸も蓮根の産地だったらしいが、都市化とともに関東における蓮根の産地は茨城が主になったという。やっぱり名産地物は違うのか、それとも蓮根も採れ立てだから美味しいのだろうかと思いながら、蓮根に対する認識をあらためたものだった。

ところで、小生は「蕎麦屋で蕎麦談義」みたいな会を数年続けているが、今回は「大庵」だった。そこで出された蓮根の穴に蕎麦粉を詰めて炒めた一品が供されたが、これが温かくで美味しく、評判がよかった。熊本名産の辛子蓮根は和辛子が入っているが、その代わりに蕎麦粉というわけだ。
ずっと前に誰かが粋なことを言っていた。「蓮根は穴が旨いんだ」と。
それもそうだが、何かが詰めてあってもそれはそれで美味しいではないか♪

〔文・写真 ☆ エッセイスト ほしひかる