第226話 鹿鳴館の晩餐会

     

再びの、100年ミステリー

 

☆ジョサイアコンドルと辰野金吾

 食べ物に関心をいだく人なら、洋食を含む欧化時代の牽引役を担った鹿鳴館(千代田区内幸町1丁目)に興味をもたれる人は多いだろう。

鹿鳴館跡

 その鹿鳴館の当時の様子は、実際に明治19113日の天長節晩餐会に出席し、そのことを書いたフランスの作家兼軍人だったピエール・ロチの「江戸の舞踏会」を読めば、あるていど想像できる。併せて、芥川龍之介の「舞踏会」や三島由紀夫の『鹿鳴館』を見ると、さらに雰囲気が伝わってくる。 

 それらによれば・・・・・・、鹿鳴館の2階では4分3拍子のワルツ、4分2拍子のポルカ、4分3拍子(あるいは8分3拍子)のマズルカに合わせて紳士淑女が踊り、テーブルには松露コロッケサンドイッチアイスクリームシャンペンワインなどが山のように積まれていたようだ。

 そういえば、ずっと前に鹿鳴館での晩餐会メニューというものを資料で見た憶えがあった。再度確かめてみたところ、こちらの方は明治26年の天長節晩餐会だった。

  キャビアとフォアグラのパテ

  アンチョビのカナッペ・ソーセージ

  芝エビのポタージュ

  牛ヒレ肉のフィナンセル(洋酒蒸)、

  七面鳥の蒸し焼きトリュフ添え

  子羊の腿肉蒸し焼き

  プディング各種

  富士山のパフェ、など。

 最高級フランス料理のフルコースであろうが、館の料理長は藤田源吉(元オランダ講公使館料理人)。

 その夜は『歌劇「ローエングリーン」前奏曲』、『チロル民謡の主題による変奏曲』などが演奏されていたというが、「ローエングリーン」の前奏曲は夜明けをイメージさせる曲である♪ 誰が選んだのかまでは分からないが、近代化の夜明けには相応しい選曲であったと思う。

 その旗手である鹿鳴館は明治16年に建てられた。館名は、『詩経』の中の「鹿鳴」から採った。鹿は餌を見つけても自分だけでは食べようとはせず、鳴き声を出して仲間を呼び寄せ、皆で仲良く餌を食べ合うところから、皆で楽しい時間を共有しようという意味に転じたからのことだろう。

 ゆうゆうと鹿鳴き 野のを食らう   我が佳賓あらば 瑟を鼓し笙を吹かん    (『詩経』)
というわけである。

 設計は、イギリス人のジョサイアコンドル(嘉永5年~大正9年)。フランスのルネッサンス系のスタイルを基調に、細部にイスラム風装飾を施してある煉瓦造2階建であったが、もちろん今は存在しない。

幻の鹿鳴館 ☆『JOSIA CONDER』(建築画報社)より】

 コンドルは、日本に居て、多くの建物を手がけた。そのひとつに煉瓦造3階建の長崎ホテル(長崎市松ヶ枝・明治30年12月建設~明治41年解体)があるが、このホテルも今はない。

 その長崎ホテルの刻印のあるスプーン4点と、英国王室御用達の「Mappin & Webb社製のナイフ、フォーク約1600点が昨年の秋、奈良ホテルで見つかった。

 この長崎ホテルの食器を誰が奈良ホテルに持ち込んだのか?

幻の長崎ホテル ☆『JOSIA CONDER』(建築画報社)より】

 その謎を解く鍵は第223話で登場した辰野金吾(嘉永7年~大正8年)にある。なぜなら、奈良ホテル(明治42年建設)の設計者は彼であり、彼はコンドルの弟子だからである。その辰野金吾は長崎ホテルが閉店するときに訪ねた記録が残っているという。そのとき、師コンドルの形見として金銀のスプーン・フォーク・ナイフなどを奈良ホテルに引き取ったのではないだろうか!

 近々奈良ホテルでは、明治初期に「極東一の豪華ホテル」と称された幻の長崎ホテルの、百年目のミステリーを記念して晩餐会が開かれるという。

鹿鳴館三部作

 「百年目・・・」ということで、ぜひ言っておかなければならないことがある。

 先ほどのピエール・ロチ(嘉永3年~大正12年)の時代を見る眼である。 彼は「江戸の舞踏会」を次のような文で結んでいる。

 「楽しんでこの一部始終を書きしるしたのであって、それは修正前の写真の細部のように、事実に忠実であることを保証する。めまぐるしく変化するこの国において、それはおそらく日本人自身にも興味深いことであろう。何年か過ぎた後で、彼らの発展の過程がここに書かれているのを見出すことは。光輝ある1886年(明治19年)明治天皇の御誕生日のお祝いに、菊花で飾られ、鹿鳴館で催された、舞踏会の実情を読むことは。」

 まるで、127年後に「江戸の舞踏会」を読んで鹿鳴館を想う私を想定していたかのようである。

 イヤ、その前にロチに呼応したのが芥川龍之介(明治25年~昭和2年)である。龍之介はロチの「江戸の舞踏会」を下地にして「舞踏会」を書き、また三島由紀夫(大正14年~昭和45年)は龍之介の「舞踏会」を意識して『鹿鳴館』を書き、三島の『鹿鳴館』は今でも舞台で度々上演されている。

 だから私は、現在にまでつながったこの三作品を「鹿鳴館三部作」と呼んでいる。

 

参考:鈴木博之・藤森照信・原徳三監修『JOSIA CONDER』(建築画報社)、サー・ゲオルグ・ショルティ&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団『ワーグナー:歌劇「ローエングリーン」』、ピエール・ロチ「江戸の舞踏会」(角川文庫)、芥川龍之介「舞踏会」(新潮文庫)、三島由紀夫『鹿鳴館』(新潮文庫)、

〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる