第578話 楽しいカウンター席

     

けやき坂からⅡ

 「焼きすぎると玉子焼みたいになっちゃいますヨ」
ホテルハイアット東京にある鉄板焼ステーキ「けやき坂」のシェフ本多さん(江戸ソバリエ)がソースのマヨネーズを鉄板で焼きながら笑って言った。
こういう会話をシェフと客が交わすことができるのは、カウンター席のいいところである。
カウンター式で酒を出す店は世界中で見られるが、料理を出すのは日本から始まったといえる。そのアイディアは徳川後期の江戸でアウトサイダー的な存在だった屋台の握り寿司・天麩羅売りからだろうか。
もともと割烹は切って(割)煮る(烹)という料理の方法を指す中国の言葉だった。それが日本語として定着するころは、芸子舞子のいる「料亭」と、そうした女性がいない「割烹」とに分かれ、明治・大正を経て椅子席が一般的になると芸者・料亭文化の斜陽とあいまってカウンター割烹がとくに関西で流行り出した。
江戸料理研究家の福田先生の話によれば、カウンター割烹の江戸流入にはそうとう抵抗があったという。江戸の板前は座って調理し、部外者は厨房に入るのを禁じて料理過程を見せなかった。それが、立って客の前で調理するとは、「とんでもネエ」というわけである。
だが、現代はこの「とんでもネエ」が前面に押し出されてきた。
目の前の鉄板焼ステーキというのもまた日本生まれである。神戸の「みその」が1945年に始め、1964年にはニューヨークで「Benihana」などが開店してから《Teppanyaki》は世界中に知られるようになった。
カウンター席には、臭いが届く。音が届く。美味しさへの手順が見える。人気になるのも当然だ。
ステーキを食べながら、様々な食を想う。これがソバリエでもある♪

〔文・挿絵 ☆ 江戸ソバリエ協会理事長 ほしひかる