第249話 San Francisco Soba Story

     

    食の思想家たち二十七、関根絵里さん

2007年、江戸ソバリエ協会顧問の堀田先生(「かんだやぶ」)から、「サンフランシスコで蕎麦を打たないか」とのお誘いを頂いた。
どういうことかというと、サンフランシスコで毎年開催されている桜まつりの前夜祭で蕎麦を打って、それをアメリカの人たちに振る舞わないかというわけだった。
そこで、江戸ソバリエの仲間や他の皆さまに話してみると、ボランティアにもかかわらず賛同されてくれた方が寺西恭子先生はじめ十数名。さっそくみんなで出かけて行った。

それから度々サンフランシスコからお呼びがかかるようになって、2010年の桜まつりに再び訪れた。
今度は他に、サンフランシスコの日系老人ホームで打ったお蕎麦を振舞ったり、サンフランシスコ総領事館で、アメリカのフードジャーナリストたちにご披露したりした。
ところが、その席で鋭い質問をした女性がいらっしゃった。
それがサンフランシスコ在住のフードジャーナリスト関根絵里さんだった。
彼女は言った。「お蕎麦が素晴らしいことはよく分かった。しかし、この後のフォローを貴方たちは用意しているのか?」つまり「良さがわかって、また食べたいと思ったとき、貴方たちはいない。じゃ、私たちはどうすればよいのか?」というわけだ。もっと厳しい言い方をすれば、「愛してると言われてその気になっているとサッサと帰ってしまう。無責任ではないか!」と。
ショックだった。自費でご参加いただいているみなさん方に、これ以上のご負担はかけられない。それゆえに、個人レベルのボランティアの限界を痛感した。
今、そのことを彼女に言うと「そんなこと言いましたっけ」ときた。でも、良かったことは彼女と友人となったことだった。

その関根絵里さんが世界的なフードジャーナリストのハロルド・マギーさんと一緒に来日されたので、両国の「江戸蕎麦 ほそ川」へご案内した。
「ほそ川」の細川貴志さんは最高の蕎麦職人、著書『うまい蕎麦』(日経プレミアシリーズ)などを上梓されている。
またハロルド・マギーさんの『マギー キッチンサイエンス』(共立出版)は世界的ベストセラーで、パスタのページに日本蕎麦についてのコラムも述べられている。
マギーさんは、蕎麦のパンケーキにメープル・シロップをかけて食べるが好きだという。
そういえば、フォスターの「おゝ スザンナ」(1848年作曲)の歌詞にも、オー・ヘンリーの小説『献立表の春』(1904~05年作)にも、ヘミングウェイの『われらの時代』(1924年刊)にも、「蕎麦粉のパンケーキ」が出てくる。
蕎麦粉のパンケーキはアメリカの伝統料理のひとつなのだろうか?
ともあれ、私たちはお蕎麦について語り合い、帰りにマギーさんは「my first delicious lesson in soba!」とサインしてくれた。

ところで2013年に、高陵社書店からお蕎麦の本を出版することになった。
本の題は何にしようか? 題名は大事だ。それだけにいつも悩ましい。
このとき、ハロルド・マギーさんにサインしてもらった「my first delicious lesson in soba!」が頭に浮かんだ。『お蕎麦のレッスン』ならどうだろう。
「いい題名だよ」と、この本にも登場されている三遊亭圓窓師匠からと褒めてもらった。
そして、マギーさんをご紹介いただいた関根さんには帯に推薦文を書いていただいた。

さて、話は変わるが、先日サンフランシスコの関根さんから嬉しいメールが届いた。『カリフォルニア・オーガニック トリップ』(ダイヤモンド社)を上梓したという。
http://www.diamond.co.jp/arukikata/9784478046005.html

さっそく購入した。
ご本人も「新しいタイプの観光本です」とおっしゃっているが、確かにそうだった。単なるグルメ本や、☆印紹介本ではなく、食の思想、地域の方向を示した本だと思う。だから、食べ物に関心ある人間がサンフランシスコを訪れる際の携帯本だと思った。

私は、多くの方の応援のお蔭で11年も「江戸ソバリエ認定事業」を続けさせてもらっている。
加えて、最近では「深大寺蕎麦学」(「深大寺そばの学校」にて講義)、「日本橋蕎麦学」(月刊『日本橋』へ掲載、「豊年満福塾」にて講演、「日本橋町大學」にて講義)、「文京蕎麦談義」(文京区にて講演、『空』連載)、「豊島蕎麦談義」(豊島区に講義)、「信州高島蕎麦談義」(茅野市にて講演)といった地域文化としての蕎麦を視野に入れ始めた。
そうしたときに「カリフォルニア・オーガニック トリップ」という地域の思想、方向を示す本に出会った。それは、トコロジストを自称する今の私の目指すべき道のひとつのようにも思えた。

なお、関根さんは「サステイナビリティー」ということで講演もされる予定だという。
①2014 年9月6日 San Francisco紀伊国屋にて、
② 2014年10月4日 San Jose 紀伊国屋にて、
近々サンフランシスコを訪れる機会のある方は、ぜひお立ち寄りいただければと願っている。

〔江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる

参考:「食の思想家たち」シリーズ:(第249関根絵里さん、248イワカムツカリ、247堀井市朗先生、235村上龍氏、234三遊亭圓窓師匠、224ほしひかる、222村上春樹氏、219新渡戸稲造、201村瀬忠太郎、200伊藤汎先生、197武者小路實篤、194石田梅岩、192 谷崎潤一郎、191永山久夫先生、189和辻哲郎、184石川文康先生、182 喜多川守貞、177由紀さおりさん、175 山田詠美氏、161 開高健、160 松尾芭蕉、151 宮崎安貞、142 北大路魯山人、138 林信篤・人見必大、137 貝原益軒、73 多治見貞賢、67話 村井弦斉)、

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