東京・新橋で12年、単身生活を送っていて、困るのは食事。新橋界隈には2000~3000軒の居酒屋など料飲店が軒を並べているが、12年間、これはという店に出会ったことがなかった。駅前周辺はサラリーマン向けの店が多く、超激戦区。まずは安さからの勝負で味などは二の次。当然、接客サービスなどなし。食ったらさっさと帰れ、というのが大方の経営方針。こうしたなかでようやく、良い店を見つけました。新橋駅、帰宅コースとは逆方向で今まで全く無視していましたが、何気なく店に入ると、それなりにおしゃれな店で、雰囲気は頑張いるぞ、というような風が吹いていました。
店内には堂々と灰皿が置いてあり、これを見て気をよくしたのか、まず合格点。いまどきランチタイムに灰皿を置く店はまず見当たらない。喫茶店でも禁煙ですという店が多いなか、見上げたものである。ランチメニューはトンカツあり、オムライスあり、魚のムニエル、そのほか高級レストラン並みのメニューが用意されている。しかもすべてが美味い。トンカツをはじめて食べたが衣がパリパリしていて実に美味い。そこらのトンカツ屋よりも上級である。東京にはトンカツ屋が多いが、トンカツ専門店よりはるかに美味い。そのほかのメニュー、すべて安心して注文できる。安心安全という食品産業の中で、安心して注文できるほど安心なことはない。料理に続いて感心したことは店長の気配り配慮。ランチタイムの忙しさのなかでも客への気配りは忘れない。スープコップが空になっていれば即座にお代わりしましょうか、コーヒーはいかがですか、と寄ってくる。接客係は店長と若い女性の二人きりしかいないのによく気のつく人たちだ。たぶん教育、育ちが違うのだろうと感心している。
価格はランチタイム900円前後。コーヒーは100円の追加でOK。ここで大事なのはランチタイムにコーヒーを出すという姿勢。時間が勝負のランチタイムにコーヒーを出す店はほとんどない。コーヒーを飲みながら長居をされては回転が悪くなる。従ってコーヒーなどは出さない。
店内の雰囲気は上品である。張りぼての石壁かと触ってみたが本物である。バチモノが多いなかで、経営者のセンスがわかる。店長にオーナーですかと聞いてみたら「いいえ、店長です」と応えた。オーナーでないのにそこまで気配りして働かんでもええのに、と冷やかした。
新年明けましておめでとうございます。
旧年中は何かとご指導、ご支援を賜りありがとうございました。本年も引き続きご指導のほどお願い申し上げます。本年は辰年、竜が天に昇るがごとし昇運、開運の年でありますようご祈願申し上げます。
昨年を顧みますと天災、人災とあわただしい一年でありました。政治、経済など見ますと結果的にはこれという成果もなく、ただただ一年が過ぎ去ったように思えます。日本の歴史の中で、時代の過渡期、といえばそれまでですが、政治、経済の沈滞、社会風潮の退廃は日本の将来に影を落としているように思えてなりません。こうした中、フードボイスでは食を通して、食の安全、安心はもとより食の安保、需給、食とは何か、をテーマに食文化を追及してまいります。食ニュースを動画報道するフードボイスをさらにご支援賜りますようお願い申し上げます。
三宅島火山噴火から18年、先日、伊豆大島に出かけた。さぞ、観光ブームに沸いているかと想像していたが、ご当地の人に聞くと昨年の7掛けぐらいと云われて、がっかりした。震災の影響ばかりではなく景気が大きく左右しているという。例年なら夏場の大島は海水浴やダイバー客で大賑わいだが、景気がこう落ち込んでいると観光どころではないらしい。旅館などは一人客をほとんど泊めないのに「一人でもいいですよ」という返事。切羽詰っている状況がわかる。
伊豆大島の目玉はやはり三原山。定期航路の汽船が朝5時に港に着き、レンターカーを借りていざ、三原山山頂へ。元町港からおよそ20分で登山口に到着。ここから火口まで徒歩で1時間30分。登山道は歩きやすく全く問題はない。周辺は溶岩が露出して迫力を感じる。早朝ということもあって、登山者はほとんどいない。歩きながら今、火山が爆発すれば命がないなと、よからぬことを考えならテクテク、ようやく火口にたどり着く。それはそれは大迫力。阿蘇山や桜島、昭和新山に匹敵する迫力である。大きな火口が口を開いて、飲み込まれそうになる。ほん近くまでいけるので必ずや皆様方に
も挑戦していただきたい。
登山口に交番があって、そこのお巡りさんとしばし談笑。気さくなお巡りさんで、観光客の減少に島の先行きを心配していた。島の経済は80%観光で成り立っている。観光客が減れば島の経済も悪くなる。そんな島の経済を心配しているお巡りさんが居たなんて感動だ。日本の政治家に爪の垢でも煎じて飲ませたい。
三原山登山は午前中で終り、その後、波浮の港へ。ご存知、野口雨情が書いた童謡の里である。小さな漁港であるが山に囲まれて、美しい風景を見せている。小さな漁港にへばりつくように民家が数十件並んでおり、その一角に観光客用施設がある。施設といってもちゃちなもので、それでも精一杯、波浮の港を宣伝しようとする姿は涙ぐましいものがある。この日は、朝からの猛暑で、狭い観光施設を回るだけで汗だく。路地に氷屋さんがあったので食べに入るとこれまた美味しいかき氷、ミルク苺をたのみしばしの休息。昔ながらの路地にかき氷屋さんがあるなんて風情満点。文豪の里という看板にしばしその気に。島内一周に時間はかからない。そのまま宿に直行、カーナビを使いながら宿のある場所に着いたもののそれらしい建物がない。右は海岸で左は防風林、前方はそそり立った山で、やむなく山へ突進、道幅かかなり狭くなってくるので心細くなってくる。どうも怪しいので引き返す。元に位置に帰り、たまたまそこに居た人に聞くとこの裏ですよ、と一言。看板ぐらい出せよ、といいたくなる。
宿に着くと呼べども叫べとも人はでてこない。昔、沖永良部島へ取材に出かけたことを思い出す。周辺はサトウキビ畑で同じように誰もでてこない。このときだけつくづく私は都会人だ、と認識した。宿は結構な宿で、風通しがすこぶるよく、モダンなロビーで寝ていると主がご帰還。ご挨拶させていただき、ルームキーを頂戴してようやくマイルームへ。料金は低額ながら設備は一流。オーナーのホテル経営に対するポリーシーが感じられる。やはりこうでないと。客にマナーを守れという宿が多い中で、まず、ホテルマンとしての気構えが感じられる。庭には25mプールがあり、プールサイドには棕櫚の木が植えられている。まさにリゾート感覚。ホテルに誰も居ないのは事情があってのこと。決してサボっているわけではない。景気が悪いこともあって人を雇えないそうである。そのため一人5役をこなしている。もちろんお客の送迎もしているし、不便は一切ない。しかも料理はフランス料理風で最高。この値段でいいのかと思うぐらいの内容。(次回お楽しみに)
仏の顔も三度まで。一度や二度の過ちや失敗は仏さんも助け舟を出してくれるが、三度も四度も同じ過ちを繰り返すようでは仏さんも、ええ加減にしろと愛想をつかす。それでも調子のいい人間は、もう一度だけ、最後のお願いです、と拝み倒す。気のいい仏さんはほんまやなこれが最後やで、と慈悲心で助け舟を出してしまう。仏さんありがとうございます。感謝、感謝とその人間、悔い改めしばらく精進をするが、しばらくするとまた、そわそわと心が騒ぐ。そして怪我をする。怪我をしてようやく気がつく。ああ、なんて俺はだめな人間なんだ・・・。
これは個人だけではなく、社会、国家でも同じことが言える。一国の代表が次々と入れ替わる。この状態を何とかしろとつい最近まで騒いでいたが、結局は次期代表選が始まろうとしている。次の代表が何ヶ月もつか期待したい。
終戦記念日の8月15日、私の友人でもある80歳の青年が靖国神社に参拝に行きました。地下鉄の九段下駅から長蛇の列で、参拝するまで1時間半もかかった、とぶつぶつ言っていました。不思議なことにこの間、救急車のサイレンの音を1回も聞かなかったと自慢げに話していました。靖国神社にお参りする人は高齢者が多く、この暑さの中で誰も熱中症で倒れなかった、と言いたげでした。昨今、確かに熱中症の報道が多く、列島、熱中症だらけの感じですが、日本人の体力がそれだけ弱っている証でしょうか。彼曰く、二人の兄が靖国神社で眠っているそうです。二人とも遺骨が帰ってこず、帰ってきたのは白木の箱だけでした。
日頃は大変お世話になっております。連日猛暑が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。東北地方大震災で多くの犠牲が出ました。震災の2週間後、南相馬市に行き、現地の変わり果てた姿を取材しました。私自身、阪神大震災を取材したこともあって、大きな驚きはなかったのですが、スタッフの驚きようは異常でした。荒廃した現地を見て、声を発することができなかったようです。突然、襲ってくる自然災害に対し、人間の無力さを痛感するとともに、自然の力、恐ろしさを再認識した次第です。南相馬市役所の方にインタビューをいたしましたが、開口一番「この現状を一刻も早く世間に知らせて欲しい」という切ないコメントでした。当時、マスコミ陣は放射能汚染の心配から南相馬市まで取材には行かず、ご当地は隔離された状況でした。東北の文豪でもある宮沢賢治の雨ニモマケズをパロディにしました。「震災にも負けず、放射能も負けず、節電にも猛暑にも負けぬ丈夫なからだをもち、慾はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている・・・ソウイウモノニワタシハナリタイ」。
東北地方大震災以後、業界のイベントはほとんど中止、または延期されていましたが、今月に入ってようやく回復の兆しを見せてきました。まだまだ全面解禁とは行きませんが、ほぼ昨年どおりの開催となってきています。動員数は各イベントとも前年を下回っていますが、まずはイベントの再開をよし、としなければならないでしょう。4月、5月はそれこそすべてのイベントが中止され、主催者の苦渋の顔が目に浮かぶほどでしたが、ここに来て主催者の元気な顔がようやく見えてきました。ご承知のとおりイベントは新しい発見や経済を高める効果があり、景気浮揚の原動力でもあります。震災の影響で沈んでばかりでは逆効果、進んでイベントに参加し、気晴らし、新しい発見をしましょう。
小さいときから唱歌「夏の思い出」を歌わされていた事もあって一度は尾瀬に行かなければ、と思い続けていましたが、昨日、ようやくそれが実現し、尾瀬に行ってまいりました。結論から言いますと、イメージどおりで、今回の尾瀬旅行は100点満点でした。旅行は当たりはずれがつきのもですが、今回は合格でした。
今回の尾瀬旅行で感じたのは自然を守るために全員が100%、環境保全に徹していることでした。スタート地点からゴールまで、ゴミ一つ落ちていません。それは本当に驚きでした。日頃、ゴミの山で生活している私にとってそれは脅威であり、驚きでもありました。そしてやればできる、ということを痛感しました。 
山小屋で風呂に入りましたが、石鹸は使えません。シャンプーはもちろんです。風呂好きの私にとって、石鹸を使えないのはなんとなく違和感があって、風呂は石鹸を使うものだと一人合点していました。宿の従業員の方に「君たちも石鹸を使わないの」と聞きます、と当然じゃないですか、と怒られました。それで身体の汚れはどうするのと聞きましたが、山を降りたときに、これでもか、これでもか、というぐらい身体を洗うそうです。
山小屋、と聞くと汚れがひどく、埃が溜まっていそうですが(私の思い込み)、部屋へ入ると埃ひとつありません。意地の悪い私のことですから、指でこすりましたが、我が家とは正反対でした。窓ガラスは曇り一つなく、毎日、磨いているそうです。ここでまた反省、やればできると痛感しました。先だって、熱海温泉に行きましたが、ふすまは破れている、窓ガラスは曇っているという旅館に泊っただけに驚きです。国立公園内という条件もあるでしょうが、とにかく立派です。
尾瀬は初めての旅行で、とにかくスケールの大きさに驚かされました。大自然の宝庫で、まさしく穢れのない世界でした。水芭蕉はすでに散り、お目にかかることはできませんでしたが、水芭蕉がなくても十分堪能できます。ただガイドブックでは6月下旬まで楽しめますと書かれていたので、残念です。この時期は見られませんよ、とはっきり書いたほうがより親切だと思いますが。淡い期待を持たせるのは良くある手口です。ひょっとしたら水芭蕉が見えるかも、というと甘い気持ちになった私が悪いのでしょうか。
梅雨時期の尾瀬は観光客が少ないのか、湿原はがらがらで、のんびりゆったりと歩けました。山の中腹には残雪が残り、それは、それは自然を満喫できました。当日は集中豪雨があったものの板道は冠水せず、しっかりした靴を履いていたこともあって、一度も滑らず、無事、小屋に着きました。小屋では青年がニコニコ笑って出迎えてくれ、これが本当のホストの顔だと実感しました。都内ではけんかを売ってくるような居酒屋の従業員が大勢いますが、所変わればなんとかで・・・・。
尾瀬沼まで足を伸ばし、帰りは大清水峠のバス停まで6時間の歩きです。はっきり言って、尾瀬沼から大清水のルートはきついです。パンフだけで大清水ルートを選んだ私が悪いのか、まず、ご老人は難儀すると思います。ひたすら山道で、勾配がきつく、引くに引けぬ山道。再度、わたしは尾瀬に行きますが、大清水ルートでは上りません。その辺をきちっと書くのも大事です。健脚な人でないと登り下りはできません。そのほかは概ね、大丈夫です。バスの発車時間までバス停にいかなければならない焦りがそうさせたのか、普通の、一般の、ツアー客にもわかるように案内してください。
いずれにしても今回の旅行で学んだことは、尾瀬の自然を守りたい、というご当地の強い思い、尾瀬を楽しんでくださいというサービス精神に尽きます。日頃、私は自然を守ろうと簡単に言っていますが、ご当地の方々のご苦労を目の当たりにしては反省させられました。日本の財産でもある尾瀬、誰でもが楽しめる尾瀬をよろしくお願いします 。
動画ニュースはナンバーリングのみでしたが、視聴者の要望で動画ニュース検索窓を新たに設けました。ご利用ください。
暑さ寒さも彼岸まで、とは言いますがこの春は今もって冷え込んでい
ます。東北地方太平洋沖地震の被災者にとってはこの冷え込みが一番こたえるのではないかと苦慮しています。阪神大震災は1月17日に発生し、頭から寒さを覚悟していましたが、今回の地震は3月12日、もうそこまで春が訪れているのに一向に暖かくなりません。関東エリアでもいまだ暖房をつけております。計画停電で暖房を極力抑えておりますが、1日も早い暖かい日が来ますよう、また、復興が1日も早くなりますよう待ち望んでいます。都内にある公園の梢にも新芽が一斉に噴出しました。