☆ ほし ひかる ☆ 佐賀県出身、中央大学卒、製薬会社に入社、営業、営業企画、広報業務、
ならびに関連会社の代表取締役などを務める。「荒神谷遺跡の謎を解く」「朔太郎と私」
などのエッセイ・コンクールに数多く入賞する。
|
||
ほしひかる氏 | ||
【3月号】第33話 香りを食べる ~ 『解体新ショー』から ~
|
☆問1 「なぜ日本人だけが、麺を啜って食べるのか?」 この問題をかかえているとき、その解答を体験する機会があったので、ご紹介したい。
NHKテレビで毎週金曜日の夜11時から『解体新ショー』という科学番組が放映されている。そのディレクター氏から、この度は蕎麦を啜った際の空気を分析したいから協力してほしいとの依頼があった。撮影は「味と香り」について研究されている神戸松蔭女学院大学の准教授・坂井信之先生の研究室、分析装置は日本に一台しかないという「イーノース」というものだという。それで蕎麦を啜った際の鼻腔内の空気の状態を分析するらしい。 当日、新幹線で新神戸まで行って、六甲山の麓にある神戸松蔭女学院大学を訪れた。早速、チューブを鼻の中に入れて、二つのケースを実験する。そうすると、「イーノース」が鼻腔内の湿度、温度、匂い成分を検出し、啜った際に鼻から出てくる空気と、鼻から直接嗅いだ際の空気の性質の違いを分析し、その結果が瞬時にパソコンの画面に折れ線グラフとして表示される。 計測する二つのケースとは、 ①蕎麦を啜って食べるケース、②啜らないで噛むだけで食べるケース、である。 その結果は、 ①のケース=急激な折れ線グラフが描かれた。②のケース=ほとんど動じない折れ線グラフが描かれた。 その理由は、 ①のケース=啜ると蕎麦の香りまで吸い込み、その香りが鼻腔に達して、急激な折れ線グラフとして表示される。 ②のケース=噛むだけだと香りが口の中に入らないから、折れ線グラフとして表示されない。 というわけで、われわれ日本人は蕎麦を啜って食べることにより、香りを味わっている、ということが判明した。 ☆では、「われわれは〝啜る〟という行為をいつころから始めていたのだろうか?」 この問題に対しても、明解な解答はないだろう。ただ、戦国時代に来日したルイス・フロイス(1532~1597)は、 その著書『ヨーロッパ文化と日本文化』の中で「日本人の食事と飲酒の仕方」について、こんな記録を残している。 1.われわれ(ヨーロッパの人)はすべてのものを手をつかって食べる。 日本人は男も女も、子供の時から二本の棒を用いて食べる。 7.われわれはスープが無くとも結構食事をすることができる。 日本人は汁が無いと食事ができない。 22.われわれはアレトリア(素麺)を食べるのに、熱い、切ったものを食べる。 彼らはそれを冷たい水に漬け、極めて長いものを食べる。 43.われわれの間では口で大きな音を立てて食事をしたり、葡萄酒を一も残さず飲みほしたりすることは卑しい振舞とされている。 日本人たちの間ではそのどちらも礼儀正しいことだと思われている。 ここには、「啜る」食べ方の直接的な表現はない。しかし、戦国時代には明らかに箸を使って、水につけた長い麺を、音を立てて食べていたことが覗える。それはまさに啜る姿ではないだろうか。 私たち日本人の食事は、主食であるご飯はじめ煮炊きした物、つまり水の料理が多い。しかも、それを二本の箸だけで食べる。汁物だって、匙ではなく箸で食べる。だから碗(椀)を手に持ち、その椀を口に付け、汁を啜るようになったのも自然であろう。その結果、香りまでもが美味しく味わうことができることを日本人は知ったのである。 したがって、啜るという行為を始めたのは汁物の美味しさを知った時期ではないだろうか、と思う次第である。 参考:ルイス・フロイス著 岡田章雄訳注『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波文庫)、NHKテレビ『解体新ショー』―「ソバをすする秘密」(2008.9.12放映) 〔江戸ソバリエ認定委員・(社)日本蕎麦協会理事 ほしひかる〕
次回第34話は「香の研究」を予定しています。
|
▲このページのTOPへ |