第337話 ダ・ヴィンチ-ミステリー

     

レオナルド・ダ・ヴィンチ展

「芸術を通して感性を磨く」なんていうことを、「竹やぶ」の阿部さん、「ほそ川」の細川さん、「無庵」の竹内さんから伺っていたころ、「将来、蕎麦屋を開きたい!」という江戸ソバリエさんが現れた。
そこで私は、「美味しい蕎麦屋、美味しい食事処、そして美術館巡りもやった方がいい」とお勧めしながら、「ほそ川」+「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」にお付合した。

☆「糸巻きの聖母」
天才ほど伝説や謎解きが伴うが、科学的調査というのはすごいと思うのが、この度の展示会の主役である「糸巻きの聖母」の解明である。
画に透過赤外線を当て、聖母の左後方に「子供を歩行器に入れる人物像」が、また子供のイエスの足近くには「籠の輪郭線のようなもの」などの素描があったことを見えてきたという。
そこから、最初にメインの聖母子、糸巻きと籠が描かれ、その後に背景として子供を歩行器に入れる人物像などを描いたものの、複雑過ぎて中心となる聖母子像が観る者の注意を逸らしてしまうために消された痕跡が窺えるという。

☆「モナリザ」
この日の展示にはなかったが、世紀の名画「モナリザ」は、フィレンツェの絹商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザ・ゲラルディーニ(1479~1542)の24歳(1503年)のときの絵だとして有名である。
この名画もまた、独自に開発された特殊カメラと解析ソフトで、重ねて塗られた部分を層ごとに分析し、当時の絵を復元させたところ、現「モナリザ」の下層にはⅢ層にわたって女性が描いてあった痕跡があるという。
第Ⅰ層=モナリザよりやや大きい女性が描かれている。
第Ⅱ層=モナリザによく似た女性の絵が描かれているが、頭の右側に真珠かヘアピンの付いた髪飾が描かれていたようである。
第Ⅲ層=現在の「モナリザ」と違ってベールを被っていない女性が描かれている。

☆レオナルド・ダ・ヴィンチ
この二つの例は、科学が天才と呼ばれたダ・ヴィンチの推敲の跡を解明したというわけである。
ところで、話はちがうが、ある落語会で三遊亭圓窓師匠がこんな笑い話をしてくれた。
「テレビでミステリー番組を見ていたら、殺される人はきまって崖の方に行こうとする。思わず、『おいおい、そんな崖なんかに行くなよ、突き落とされるぞ』とTVに向かって声をかけるが、あゝ、やっぱり・・・!」
お客さんは頷きながら、大笑い。
こうした場面は、実は松本清張が開発したアイディアで、以前はなかったことらしい。清張以降に大流行し、崖+殺人は今やワンパターンといってもいいほどである。
ダ・ヴィンチの絵を見ていると、その崖を思い起こす。
今日の目玉の「糸巻きの聖母」の背景は、まさに母子像というテーマとは何の関係もなさそうな崖で描かれている。
有名な「モナリザ」の背景もそうである。謎の微笑とは似つかわしくない山河が遠景にある。
これは一体どうしたことか?
それは印刷物の絵なんかでは絶対分からないが、本物の絵の前に立つと理解できる。
糸巻きを持った赤子のキリストが3Dのように全面に大きく飛び出し、聖母マリアがその後にいる。それも遠景の崖が薄く描かれているからこそ、表現できるのである。
いずれも背景の遠くは青く霞がかかっている。天才といわれたレオナルド・ダ・ヴィンチが開発した「空気遠近法」であるという。この技法のお蔭で3Dを見るかのような遠近感が生まれるのである。

さて、冒頭に「感性を磨く云々」なんて生意気なことを申し上げたが、やはりそれは簡単なことではない。
ただ、こうやって展覧会に足を運び、科学力で解かれた謎の一端を知り、少しだけでも天才の軌跡に触れることは幸せなことであると思う。

〔エッセイスト ☆ ほしひかる