第84話 練習問題 Gogh「種まく人」

     

 

 久しぶりにゴッホの「ひまわり」を見てきた。

 1889年の画だというのに今も生々しい色をしている。そして渦巻くような黄色はまるで炎である。この生命力にあふれる色彩こそが〝ゴッホ〟であるが、ゴッホは生き生きした色彩を浮世絵の鮮明さから学んだようなことを『手紙』の中で述べている。

 ゴッホの色彩が冴えわたったような絵は他にもある。画集でしか見たことがないが、「夜のカフェテラス」という題の絵である。ゴッホが1888年の9月に南仏アルルの町のフォーロム広場の石畳にあるカフェテラスを描いたものであるというが、聞くところによると今でも「カフェ・バン・ゴッホ」という店名で実在しているという。おそらく、小林秀雄が店の前に立つ自らの写真を著書『ゴッホ』に載せているのがそれであろう。

 青々とした夜空に星が煌き、ガス灯に黄色く照らし出されたカフェテラス。鮮やかな彩色で描かれており、ヒゼーの「アルルの女」でも聞こえてきそうな気分になってきて、こんな開放的な蕎麦屋さんはできないだろうかと想ったりする。

 ゴッホ「夜のカフェテラス」PostCard】

  江戸蕎麦というのは、野性味と都会のセンスがバランスよく保たれた粋な食べ物だ。だから店も、屋内外の機能を併せ持つカフェテラス形式があってもいいのではないかと私は思っている。であるのに、世間には青天井の蕎麦屋さんというのはめったにない。

 茶には野点というのがあるが、野性味と都会のセンスがそなわっている茶道だからこそ、野点という形が生まれたのだろう。

 だから、気品さえ失わなければ「蕎麦カフフェテラス」という形もありうるのではないか、とゴッホの「夜のカフェテラス」を観る度に思う。

 そう。もしアルルの町のフォーロム広場に「蕎麦カフェテラス」ができるとしたら、どういう蕎麦になるだろうか? ゴッホは、コーヒーやアブサンなどの飲み物も描いているが、レモン、リンゴ、ジャガイモ、玉ネギ、蟹、ニシンなどの食材も題材にしている。それにゴッホは黄色が好きだ。だったら、変わり蕎麦で「檸檬切」なんていうのはどうだろう。それとも、「ひまわりの種の油で揚げた天婦羅」・・・?

 そして店内に入ると壁には、ゴッホがミレーに私淑して描いた「種を播く人」が飾ってある。何せ、ミレーの「種を播く人」は蕎麦の種を播いているのだというから、蕎麦カフェに最も相応しい絵であるといえよう。

 【ゴッホ「種まく人」PostCard

【ゴッホ「種まく人」PostCard

【ゴッホ「種まく人」PostCard

 

参考:エミル・ベルナール編『ゴッホの手紙』(岩波文庫)、小林秀雄『ゴッホ』 (人文書院)、司馬遼太郎「ゴッホの天才性」(『微光のなかの宇宙』中公文庫)、小川国夫『ヴァン・ゴッホ』(小沢コレクション)、池田満寿夫『私のピカソ 私のゴッホ』(中公文庫)、林綾野『ゴッホ 旅とレシピ』(講談社)、ビンセント・ミネリ監督『炎の人ゴッホ』、ロバート・アルトマン監督『ゴッホ』、NHK日曜美術館「ゴッホ誕生~摸写が語る天才の秘密」(22.12.5)、NHK日曜美術館「夢のミレー」(22.11.14)、吉永小百合『街ものがたり』(講談社α文庫)、ほしひかる「種を播く人」(『新そば』)、ゴッホ「ひまわり」(東郷青児美術館)、鈴木其一「向日葵図」、竹下夢二「よき朝」、武者小路実篤「向日葵」、中川一政「向日葵」、テレビ東京美の巨人「ゴッホの絶筆」(22.4.9)、

  

〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員 ☆ ほしひかる〕