第737話 香酸柑橘類 蕎麦

     

 ここ数日、料理研究家林幸子先生(江戸ソバリエ講師)と続けて《香酸柑橘類蕎麦》をご一緒する機会があった。
一軒目は神田まつやさん。
   先生と私で、まつやの小高社長にご相談があったので伺った。打ち合わせ後、私は私定番の《鴨せいろ》、先生は《すだち蕎麦》を頂いた。

二軒目は小松庵銀座店さん。
   二人で小池料理長との相談が終わってから、お品書を見ると《へべす蕎麦》とある。「何コレ?」というわけで頂くことにした。蕎麦粉は信州入野谷産。「へべす」のことは食べているうちに昔耳にしていたことを思い出した。酢橘(すだち:徳島県産)、臭橙(かぼす:大分県臼杵市産)と同じ香酸柑橘類である。「へべす」というのは漢字で「平兵衛酢」と書く。ちょっと聞くと東北弁みたいだけど東北には柑橘類はないに等しい。宮崎県日向市の山奥で平兵衛という人が見つけたという。特徴は酢橘とちがって種が少ないこと、皮が薄いこと。だから《へべす蕎麦》は食べやすく、格調高い銀座の蕎麦だった。

三軒目は林先生の南青山のグー亭である。
   驚いたことに再びの《すだち蕎麦》を頂くことになった。種なし酢橘をたくさん頂いたから作ってみたという。種なしなら薄切りにすれば美味しく食べられる、そこが発想力のある林先生らしい。麺は細切り、汁はグー先生オリジナルで残さず飲める。加えて薬味として「梅肉」が添えてあった。
   私は、薬味こそ江戸蕎麦の粋、和食の美だと思っているから、いつも薬味を横目で注視している。普通は酢橘が薬味だけど、今日は酢橘が食で梅肉が薬味。それがアクセントになって上品に美味しかった。ただし、林先生の《種なし酢橘蕎麦》は絶品だけど来年はあるのだろうか。
   そういえば、ほそ川さんの《冷がけ》には大きな梅干が入っている。これも逸品だと思う。梅は柑橘類ではないけれど、梅干になると柑橘類のようなものである。
   近ごろは、西瓜や葡萄など種なし果実が増えてきた。栽培そのものが人間の食のためになされることであるから、そういう技術も発展するのだろう。段々と、種なし酢橘が増えてくれはば美味しい《すだち蕎麦》がさらに広まるだろう。

四軒目は麻布十番更科堀井さん。
   今日は江戸野菜専門の八百屋「果菜里屋」さんと堀井社長を訪ねた。その後で頂いたのが《冷やし鶏だし青柚子切蕎麦》。青柚子切に鶏出汁、それに鶏むね肉と、青檸檬、とまと、おくら、かいわれ、だし氷のトッピング。だし氷とは驚いた。青柚子も檸檬も柑橘類、麻布らしくおしゃれに美味しかった。

   ところで、小生は逸品のルーツ探しが好きである。というよりか、いろいろ質問されることが多いので、できるだけ調べることにしている。
   そんなことで整理しておくと、《梅干入り冷がけ》はたぶんほそ川、《冷やし鶏だし青柚子切蕎麦》は更科堀井発祥ということになるだろうが、《へべす蕎麦》とはどこだろう。
    それに、ここ数年で一気に広まった《すだち蕎麦》は何処が発祥だろうか? 関西発というのはよくいわれているが、酢橘の流通からいっても妥当なところだろうが、グー先生はかなり早いころ大阪市福島区の「まき埜」で食べたことがあるから、そこら辺じゃないかとおっしゃる。
   そういえば、福島は淀川の河口の入口にあり、昔から瀬戸内海へ向かう船の出発地であった。と、大仰なことを言うようだけど、736話の「都市の構造」論から見ても筋が通っていると思う。

追記
  小松庵銀座店の《へべす蕎麦》を、ある人に話したら「食べてみたい」とおっしゃるので、後日ご一緒した。

〔江戸ソバリエ認定委員長 ほし☆ひかる〕