第265話 妄想 北海道料理

     

お国そば物語22

前回は少しかたい話になったが、ともかく「蕎麦の収穫量は北海道がダントツだ」という事実に多くの人は「エッ!」と驚かれる。
とすれば、「この落差は何だろう?」と、むろん北海道の蕎麦関係者は課題にされていて、あの手この手の策を講じられている。
この度もそうした趣旨にそった「北海道フェア」を開催するから、覘いてみてほしいと、関係者の齊藤さん(幌加内町)や大橋さん(北海道バリュー㈱)にお誘いを受けた。当然ながら「蕎麦」も顔を出すという。
「さっそくながら」と、日頃から《道産粉》に関心をもっている仲間の松本さん谷岡さんに声をかけて一緒に伺った。
ところが、その会場は、何と東京ベイ・クルージングレストラン「シンフォニークラシカ」だった。船ごと「美味しい北海道」のPRと商談の場を演出したというわけだ。

【シンフォニークラシカ】

そういえば先日、北海道農業研究センターの鈴木さんから、ダッタン蕎麦「満天きらり」と札幌交響楽団でコラボする演奏会を企画したとのご案内をいただいたが、その「交響楽」といい、今日の「船丸ごと」といい、まったく北海道の人の企画力には驚かされる。

船といえば、これも浪漫が付きものだ。映画の『タイタニック号』の悲恋物語に涙する年齢ではないが、他にも『貴賓室の怪人~「飛鳥」編』などのミステリーなどの小説や映画がたくさんある。こうした豪華客船にはだいたいハイソサイアティな晩餐会が付きものだ。そこにスパイスのようにパンチの効いたミステリーが展開する、といったストーリーだ。
そんなところから、いっそのこと文人たちをこの「シンフォニークラシカ」に閉じ込めて、道産の食材を主役にした映画のシナリオか、小説を書かせたらどうだろうとつまらないことを想ってみたりした。書き上げるまで、船から下ろさない。その代わりに道産料理を毎日鱈腹食べてもらう、とか・・・・・・。

というところで、「シンフォニークラシカ」に乗ると、多種多様の料理や食材がテーブルの上に広がっていた。その中に「海峡鱈子」とか「農家のベーコン」や「北海道産熟成ベーコン」など、北海道らしい食材がまず目に入った。そういえば、かつて「満天きらり」の商品化アンケートを依頼されたとき、パスタが最適だと回答したことがあった。目の前の鱈子、ベーコンなら、あのダッタン・パスタに合うだろうかと考えていると、気のせいか「鱈子や生ハムやニンニクは火を強くするなよ。生ハムは塩分が強いから塩は少な目にナ」とかなんとか、料理長の声が厨房から聞こえてきたのは錯覚だろうか。「それにしても、鱈子やベーコンのパスタではちょっと定番すぎるか」と思ったときは、道産野菜の「フレッシュピクルス」をちょっと摘まめばアクセントになるだろう。さらにはうまい具合に「ほたてスープ」や「スイートコーンスープ」も用意してある。《ランチコース》としては立派なものだ。

「なら、《ディナーコース》は?」と図に乗って妄想しようとすると、目の前に北海道ワインがたくさん並んでいる。近ごろは、ワイン通も増えてきたが、私はサッパリ分からない。それをあるイタリア人にぼやいたら、「そんなことはない、簡単だ。1.色、2.香り、3.口の中の広がりをチェックすればいい」と彼は教えてくれた。けれど、やっぱり難しい。だから「道産の料理には、道産のワインが合う」はずだと無理に自分を納得させ、目の前のオードブル「道産鶏ガランティン」を摘まみ、隣にある「沖獲り天然紅鮭」に目を移し、これに「ブルーチーズはやきた」を挟めばもと美味しそうだと欲深くなる。そして、この後のメインはやっぱりステーキだ。「十勝ハーブ牛」か「豊西牛」をニンニクと合わせてジュ・ジュ・ジューと焼くと強烈な旨さを味わえるだろう。それに帆立などの海産物ステーキの潮の香りも堪らない。いやその前に「北海道オニオンドレッシング」と野菜サラダも新鮮だ。道産蕎麦粉で焼いたガレットもあればいい。さらにデザートにはやはり道産蕎麦粉のシフォンか、甘美なチュロス、そして苦いコーヒーを飲むとホッと落ち着く。
だけれど、私の妄想力はこの程度だ。プロのシェフとまではいかなくても、料理の得意な人や、想像力豊かな人なら、食材を見ただけでもっと素敵な献立を考え付くだろう。その点、作家の村上龍氏なんか凄いと思う。彼はおそらく、トマトを見ただけで《トマトのスープと地玉子のココット》とか、新ジャガを見ただけで《フレッシュトリュフの新ジャガ芋のパセリ風味》なんていう料理を考えつくのだろう。そんな村上氏のことをハウステンボス・ホテルズの総料理長は「料理を作らない料理人」と称えている。

さて、一流作家のことは別にして、改めて目をやると、もちろん道産の食材には日本食用もたくさんある。先ずは公魚の佃煮、函館つるり昆布、松前漬、 ホッケの切込、するめ塩辛とお酒の摘まみもたくさんそろっているが、料理する必要のないお摘まみ物だってあってもいい。そもそもが「日本酒と肴」の関係と、「ワインと西洋料理」の関係はちょっと違う。酒の肴は「焙った烏賊でいい♪」と唄う八代亜紀の世界のように簡素なものが多い。それに酒の肴とご飯のお数の質が同じであることが多く、「これでご飯が何杯も食べられる」といったことが美味しさの尺度だったりするが、それはたいていが味噌や醤油など塩味の効いたものばかりだ。
それは、日本酒の場合は日常、ワインのように1.色、2.香りを問うことも少なく、3.の口当たりだけを感知する、日本酒評価の間口の狭さからくるのかもしれない。
だからといって、「塩味」ばかりが日本の味ではない。「旨味」が本当の日本の味であることはつとに知られていることである。その素の昆布出汁のお吸い物なら、北海道はお手の物だろう。そういえば先ごろ佐賀の老舗料亭「楊柳亭」でいただいた「蟹玉蒸し」は、いい出汁と蟹と玉子の優しい味が絶妙だった。その蟹は北海道が本場だろうし、玉子も道産銘柄の「桜姫鶏」がある。
北海道といえば、幻の魚といわれる伊富の鮨を稚内で食べたことがあるが、和食の王様はやはり刺身だ。蟹や帆立・・・、思い浮かべただけで海の甘味を感じる。
また別に「きんきの姿煮」も和食の目玉だ。出汁と醤油と味醂こそが完成された和食の味の一つだということを十分実感できる。
さてと、ぐるりと船内を回って戻ってくるところは、やはり幌加内の蕎麦だった。本日は五段の腕前を披露されている坂本勝之さんが打った蕎麦切、明日は幌加内町長の守田秀生が打たれるという。
このとき谷岡さんが面白い質問をした。「守田さんは町長になられたのが先か? それとも全麺協五段位取得が先か?」と。深大寺蕎麦で有名な調布にある深大寺のご住職が「この寺は蕎麦打ができなければ、僧侶になれない」と冗談をおっしゃっていたことを思い出す。

そろそろ船を下りる時間だ。とりとめもないことを頭の体操代わりに並べてみたが、世界の料理はおろか、日本の料理すら食べ歩いた経験もなく、ましてや料理人でもない私の妄想する献立は実に貧困だ。「これではせっかくの道産食材が活きてこないナ」と反省しつつ、それでも妄想料理を描く楽しさは知ったような気がする。だから、続きの食材フェアが楽しみだ。

写真:谷岡真弓 (江戸ソバリエ)
ブログ:
フードボイス「蕎麦談義 第211話 流氷とクリオネの国」
https://fv1.jp/chomei_blog/?author=3&paged=3、
・江戸ソバリエ・石臼の会2014.11.24「北海道大人のバルin東京」
http://edosobalier-ishiusu.seesaa.net/

〔エッセイスト ☆ ほしひかる