TPPで変わる農畜産物「存続かけ神戸牛は」

      執筆者:編集部

日本の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加は、国民の暮らしにどう影響するのか。身近な分野を中心に考えた。香港の金融街・金鐘(アドミラリティ)にある高級スーパー。外資系ビジネスマンや富裕層が集まるこの店で、見事な霜降り肉が次々と売れていく。エスフーズ(兵庫県西宮市)が輸出した神戸ビーフだ。価格は100グラム326香港ドル(約4千円)と、国内に比べ3割程度高い。「日本では売れにくい高級部位が、日本より高い価格で売れる」と担当者は声を弾ませる。神戸ビーフは兵庫県内で生まれた但馬牛の中でも、霜降りの度合いや等級など厳しい条件を満たした牛肉にのみ許可されるブランドだ。昨年末までに米国や香港、マカオなどへ計約11・4トン(148頭分)を輸出した。TPPで、自民党は関税維持をめざす“聖域”としてコメを筆頭に砂糖や小麦、乳製品、牛肉(豚肉)を重要5分野に掲げた。だが、神戸ビーフの生産者から、TPPの影響を心配する声は「あまり聞こえてこない」(神戸肉流通推進協議会の担当者)。かつて、日米間の牛肉・オレンジ自由化交渉で、牛肉輸入枠の撤廃が決まった際にも、畜産業の存廃が懸念された。だが農林水産省によると、肉牛農家戸数は自由化後5年間で3割減少したが、意欲の高い農家の規模拡大で、1戸当たりの平均飼養頭数は増加し、国内生産はほぼ横ばいを保った。品質に裏打ちされた強い国際競争力があれば、TPPは神戸ビーフを世界に送り出す好機にもなる。同協議会の担当者は自信に満ちた表情でこう言っ「ブランド力を持つ神戸ビーフは、一般的な牛肉とは違う食べ物だ」。安倍晋三首相は、「攻めの農業政策で競争力を高め、成長産業にする。日本の農業、食を守ることを約束する」と、農業の保護と強化に向けた決意を語った。だが、日本がこれまで高関税で保護してきた農産品を、全て守り抜くのは不可能に近い。政府試算でも関税撤廃により、食料自給率(カロリーベース)は平成23年度の39%から27%程度に低下する見通しだ。中でも、砂糖は国内生産額の1500億円全てが失われる、と政府は試算した。国産の精製糖の価格は1キロ当たり167円と外国産(52円)の3倍以上の値がつく一方で、砂糖は国産と輸入品の品質の差が少なく差別化は困難。関税なしでの存続は極めて厳しい。奄美群島のほぼ中央に位置する鹿児島県徳之島。農家の約7割が栽培するサトウキビ畑が、島の農業生産額の約4割を支える“砂糖の島”だ。台風で代替作物への転換も困難なだけに、島民からは「キビなしでは生きられない」と不安の声が上がる。TPPによる関税の撤廃は、強い者が生き残り、弱い者が淘汰(とうた)される「適者生存」をより鮮明にする。それにより多国間で労働力や土地、資本などさまざまな資源の効率配分がなされ、全体の生産性が高まるというのが、経済連携の眼目のひとつだ。重点5分野は関税上は487品目と分類され、全品目の5・4%を占める。だが、近年の世界の貿易協定の傾向を踏まえれば、TPPでの「例外は多くて2%」(農水省幹部)との見方がある。付加価値で競争力を高める畜産などの分野にとってTPPはチャンスだが、砂糖のような代替作物が難しい分野ではピンチでしかない。国内の砂糖が壊滅し、基幹産業を失った人が島や地域を離れれば、地方は疲弊し、国土も荒廃する。日本が“聖域”をどう守っていくかは、交渉の先にしかみえない。