第341話 食通たちの二重箸
「和食国民会議」のセミナーが、皇居二重橋の手前にある「楠公レストハウス」で開催された。
このハウスの食事は、「江戸」と「エコ」がウリである。
何が「エコ」かというと、
① 東京近郊の旬の食材を利用する。
② 調理法を工夫し省エネに努める
③ 冷凍食品などは使わない。
④ 使い捨て容器は使わない。
⑤ 食べ残しは堆肥化する。
などに務めているという。
「江戸」ということは、献立『江戸エコ行楽重』の三種 ―《参の重》《与の重》《会席》に表れている。
開発されたのは、江原洵子先生(東京家政学院大学名誉教授)と安部総料理長だ。
前のセミナーのときは、このうちの《参の重》を頂いたが、今夕は《会席》のご馳走だった。
その《会席》は次のような物だったが、( )内に記した江戸時代の料理本をヒントに考えられた、と今日は特別に江原先生の解説付きの食事会だった。
一、《紅白海苔笹巻》(1802年『名飯部類』)
江戸時代伝統の酒粕酢や正統浅草海苔を使用した寿司飯。春夏は白魚、秋冬は穴子と海老。
一、《こけら寿司》(1802年『名飯部類』)
自家製真鯛の酢締めと蝦夷鮑煮。
一、《雪花菜寿司》(1802年『名飯部類』)
国産小鰭を開いて酢締めるにして卯の花を詰めて姿にしたもの。
一、《雁擬大根》(1785年『諸国名産大根料理秘伝抄』)
切干大根の雁擬。
一、《当座漬》(1825年『江戸流料理通』)
東京近郊の旬の野菜。
一、《鹿煎》(1785年『万宝料理秘伝箱』)
鹿(しし)とは肉のこと。元は雁か鴨だったが、ここでは鶏肉。
一、《野菜の煮物》(1842年『四季献立会席料理秘囊抄』)
東京近郊の野菜。春夏は南瓜、秋冬は蕪。
一、《干ずいきの胡麻和え》(1849年『年中番菜録』)
里芋の葉茎を干した干ずいきは、江戸時代の保存食。
一、《金目鯛田楽》(1803年『素人庖丁』)
八丈島産の金目鯛。
一、《菓子と果物》(1643年『料理物語』、1789年『甘藷百珍』)
春夏は《牛蒡餅》、秋冬は磨り下ろした薩摩芋の《かすてらいも》。
一、《味噌汁》(1643年『料理物語』、1846年『蒟蒻百珍』)
春夏は揚茄子の《順風汁》、秋冬は揚蒟蒻の《狸汁》。「ご飯の友は《お汁》、酒の友は《お吸物》」。
これを見ても分かるように、『料理物語』が世に出てから、江戸は料理本の上梓という形の食文化が確立していった。ということは、町人文化=江戸文化も実は識字率の高さ、すなわち知識人の支えがあったからこそ、江戸の食文化は盛事となったことを見逃してはならないと思う。
一部の人たちがよく言う落語の世界の熊さん、八つぁんが町人の代表のようになったのは明治になってから作られた話がほとんどだから、要注意だ。
ところで、フランス料理が世界の中でも高レベルを誇っていることはいうまでもないが、そこには優れたシェフ、レストラン経営者、食材の生産者たちの存在とそれ以上に食通、マスコミのサポートという良き二重構造がフランス料理界を高めたことはよく指摘されることである。
しかし、フランス料理以前の江戸時代に出版文化というサポートが和食の世界を支えていたことをわれわれは知るべきである。
さてさて、「今日のお重はたいへん美味しかった」とみなさんは満足しながら箸をきちんと置いた。そのお箸は菊の御紋入りであり、当店では【二重箸】と称しているそうだ。
そして、自分が使ったお箸は持ち帰っていいことになっている。これも江戸のエコだろうか、それとも江戸の粋だろうか!
〔江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる〕