第378話 《こより蕎麦》にみる阿部さんの思想

     

久振りに「竹やぶ」を訪れた。
阿部孝雄さんは、いつものように、思いのまま自由に話される。
この「竹やぶ」の阿部さん、それから「達磨」の高橋さん、「ほそ川」の細川さん、私はこの三方を蕎麦会の巨星だと思っている。
阿部さんはアーティスト、高橋さんは蕎麦道を極めた人、細川さんは最高の料理人、同じ蕎麦打ちでもタイプがちがうから素晴らしい。もちろん他にもたくさんおられる。蕎麦組合の活動を続けてきた「上野藪」の鵜飼さんらもそうだが、この人たちが手打ち蕎麦ブームを起こし、蕎麦界をリードしてきた巨星群だ。

私は阿部さんにお会いすると、いつも自由な発想に刺激され、励まされる。
今日も「今度、箱根に茶室を造る」と言われたとたん、想像が広がった。きっと伝統的な茶室なんかじゃなくて、阿部さんらしい自由アート的な茶室であり、作法もそうだろうな、と。そして、行ってみたいとも思った。

それから、さらにいろんなこと話されているうちに、「こより蕎麦」のことになった。だいぶ前にDVDにも録画されていたが、蕎麦の楽しみ方的な方法として紹介されていたものだ。めったに蕎麦打ちのことは話されない阿部さんにしては珍しかったが、その映像でも、中国で出土したという麺の化石と良く似ていた。要するに、元始、麺は指で縒って作っていたことの証であった。
私は、蕎麦打ちの技術をマスターした人が語る「こより蕎麦」は、常に原点に戻ることが必要なんだとおっしゃっているように受け取られた。その思想が阿部さんのアートになっているのだろう。%e9%98%bf%e9%83%a8%e5%ad%9d%e9%9b%84

阿部さんは、「私は、作家の小島政二郎(1894~1994)の言葉によって命を吹き込まれた」とおっしゃる。
絵も字も、うまくかくことはない。自分の絵、自分の字というのを大切にしなさい。」
自分の字といっても、勝手に書くということではない。「こより蕎麦」のように人間の技術の原点を感覚を知った上での自分の・・・、ということだ思う。

《参考》
DVD『「竹やぶ」阿部孝雄のそば打ち』(プレジデント社2011年)

〔文 ☆ エッセイスト ほしひかる