第380話 日韓 定食 比較論

     

宮廷料理」というのがある。言葉を聞いただけで、権力、富、最高の調理技術が見え隠れし、何やら眩しいものを感じる。
近隣国では、琉球王朝(15世紀~19世紀)、李朝朝鮮(14世紀~20世紀)、清帝国(17世紀~20世紀)、そしてヨーロッパの王宮にそれがあったが、日本には「宮廷料理」というものはない。それは、わが国が誇る「和食」というものが、武家の時代に生まれて完成したこと、つまりその時代は宮廷の時代ではなかったから宮廷における食が発展しなかったのである。
だからこそ、外国の宮廷料理には日本とは異なる歴史ロマンがあって眩しいのかもしれない。

韓国の宮廷料理は、ドラマ『チャングムの誓い』のヒットによって近年広く知られるようになった。それを観ていると、日本の食事との違いが見えてくる。
先ずは、おかずの数が多いこと。どうなっているのだろうと思っていたところ、たまたま韓国を訪れる機会があったので見てみると、ちゃんと決まりがあるようだ。
李朝時代の食事というのは、おかずの数によって、三楪飯床(サムチョブパンサン)、五楪飯床(オチョブ)、七楪飯床(チルチョブ)、九楪飯床(クチョブ)、十二楪飯床(シビチョブ)という形式になっているという。
床は膳のこと、飯床は膳の組み方、楪はおかずを入れる蓋付の器のことである。だから三楪は三菜、五楪は五菜・・・、となる。
そして当時の庶民は三楪が基本、日本でいえば一汁三菜みたいなものだ。裕福な家で五~七楪、民間は最高でも九楪まで、王家は十楪以上であった。
そのモデル、つまり庶民、裕福な家、王家の飯床が、この度の韓国行で泊まった平昌の韓国伝統食文化体験館「静江薗」や、水原市の「華城行宮」に展示してあった。ちなみに、「静江薗」は韓国映画『食客』の、「華城行宮」は『チャングムの誓い』のロケ地でもある。
こうした階級差は、器や匙・箸などの食器にも表れている。つまり上級は金属の食器、下級は陶器や木製の食器のようである。53%e9%87%91%e5%b1%9e%e5%8c%99%e7%ae%b8
彼らの金属製品好みは遊牧民であるモンゴル帝国に支配されてから染まったという。染まったのはそればかりではない。彼らは仏教を捨てて、肉食に転じた。日本は、蒙古襲来を台風が阻んでくれたお蔭で、遊牧民の支配から免れることができた。だから、肉食をしない民族であり続けられたというわけである。
一方の、朝鮮半島の人々は焼肉を好み、キムチ汁に肉片の入った冷麺などを食べるようになった。彼らはそれを金属の箸で取り、匙で掬って食べる。匙が主で箸が従だ。麺だって金属箸だ。この金属製品を好むのは遊牧民の慣習である。
言っておくが、冷麺の汁というのは実に美味しい。また具も多い。だから、たとえば冷麺の蕎麦が三割であっても五割であっても、あまり関係ない。こだわっているのは日本だけのようだ。だけど、金属箸に麺という関係だけはわれわれはどうしても馴染めない。
キムチといえば、韓国内ではキムチ甕をよく見かける。そしてキムチには赤い唐辛子をイメージする。この二つの出会いは、パスタとトマトの出会いのように革命的なことだというが、キムチ論にはまると抜けられないというから、止めておこう。
そういえば、韓国の料理は野菜が多いと皆が言う。どうして、そうなのか?
韓国の人は基本的に「人間は自然の中の存在である」という思想をもっている。これは日本人でも同じである。だが、ここから先が違う。「自然は、陰と陽から成り立ち、五行で動く」と考える。いわゆる「陰陽五行」の思想である。もちろんこの思想は日本にも入ってきたが、一部の者しか採り入れなかった。ところが韓国は違う。一般庶民まで広く浸透し、たとえば料理では「陰陽五行」の「五」にこだわって五色を意識し、それを演出するには野菜が最適だったということらしい。言葉を換えれば、理屈っぽい。対して、日本人は理屈を好まない。だから、日本では理論は発展しない。韓国や中国のような「薬(医)食同源」のような理論は海を隔てた日本では、そんなには広まらなかったのである。

ところで、韓国のレストランでは《お粥》のお品書をよく見る。
子供のころ「朝はお粥」という家庭が多かったが、最近はあまり見られなくなったので懐かしく思い、韓国の旅の最終の朝は、ソウルで《鮑のお粥》を食べることにした。
一頃、芥川龍之介の『芋粥』とか、矢田津世子の『茶粥の記』なんていう名作が書かれていた。
別稿の「SOBA、悠久の旅路」では、華北・朝鮮半島・北部九州の文化が同質であるというようなことを述べたが、《お粥》もその仲間に入ると思う。
そういえば、先述の『茶粥の記』には、鮑の話が登場する。「外向けは実に堅い。ちょっと歯をあてたぐらいでは、へこまない。ところが噛ってみると実に柔らかなんだ。コリコリと・・・・・・そのくせ、こいつが舌の上でとろけていく。」
この《》も同質の仲間であろう。古代より、これらの圏では、鮑を不老長寿や延命の霊薬的食べ物とみていた。
そして、日本では鮑を延したものが縁起物となり、ついには贈答品の象徴である「のし」に昇格した。
余談ながら、「のし」は正式には「熨斗」と書くが、本来「熨」は炭火で布をのばすときの字であるはず。ところが実際には鮑は日干しするだけ。だから正確にいえば「延し」である。にも拘わらず、「熨斗」が正式となったのは、こちらの字がもっともらしく見えるからであろうか。理屈の嫌いな日本人は感覚だけで物事を判断してしまうことが多々あるようだ。
そうそう。同質の文化圏といえば、韓国旅行中に時々出てきた味噌汁はたぶん《棒鱈の出汁》だろう。これも北部九州の《イリコ出汁》に近いと思う。椎茸、昆布、鰹とは違った【煮干文化圏】である。

まま、そんなこともあるけれど、日・韓・中、各々違いもあるものの同質のところもたくさんある。それを認め合えば平和じゃないかという考え方も大事である。
江戸ソバリエ協会の正式サイトに、「国境なき江戸ソバリエたち」の頁があるのも、そうした考えによるものだが・・・。

《参考》
ほしひかる「SOBA、悠久の旅路」(江戸ソバリエ協会HP)
http://www.edosobalier-kyokai.jp/tk/thinktank.html#list2
・矢田津世子『茶粥の記』(講談社文芸文庫)

〔文・写真 ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる〕