第444話 赤穂義士最後の晩餐

     

日本人なら、赤穂義士のことを知らない人はいないだろう。
その義士たちの中の中心人物に堀部安兵衛という人物がいるが、彼の出身地は新潟県の新発田市であるという。
だから新発田の人たちは赤穂義士への思いがかなり強い。
私の知人の蕎麦屋「一寿さん(江戸ソバリエ講師)もそうだ。
前に「赤穂義士時代(元禄時代)の蕎麦切」を小生と再現し、大妻女子大の松本教授のご指導で学会発表までしたことがあるが、今度は「赤穂義士最後の晩餐」に挑みたいという。
ネタ本は、明治42年刊、堀部次郎著の『誠忠武鑑』という奇書だ。その中に義士たちが本懐を遂げた後、各大名にお預けの身になったときの最後の晩餐を紹介してあるので、その一部を再現したいという。

今、「奇書」だと言ったのは次のようなことからである、
一、 義士の最後の晩餐なる献立が紹介されたのはおそらくこの書だけだろう。
二、 安兵衛の義父堀部弥兵衛とその子孫は、討入後に代々熊本の細川藩に仕えたが、著者堀部次郎なる人物は、その後裔だと自称している。
三、 明治42年刊の『誠忠武鑑』には、肥後熊本出身の徳富蘇峰と肥前佐賀の大隈重信が一文寄せている。
四、 ずっと以前に小生は『元禄武士道』なる小説を書いたときこの書に辿り着いたことがあるが、伺えば江戸料理研究家の福田浩先生(江戸ソバリエ講師)もその献立のコピーをお持ちとのこと。
このように、希少なる書にも関わらず最後の晩餐の御献立が広まっていることが不思議だ。

ト、こんなだけれど、「一寿」さんに、元禄時代の料理について一言話してくれと言
われ、また新発田出身の畑さん(江戸ソバリエ・ルシック)らソバリエの仲間も手伝いに行くというので、会場である新発田市の清水園まで新幹線に乗って出かけて行った。

清水園というのは、新発田藩溝口氏の下屋敷であった大きな池のある庭園と書院
と茶室からなっている
広さ4,600坪の国指定名勝である。
当日は、清水園の佐藤園長のご挨拶、新潟大名誉教授冨澤先生による「赤穂義士」
のお話、そして生田流の琴と尺八の演奏の中で味わう、新発田のお酒と元禄時代の再現料理のおもてなしとなった。
私はといえば、今日の会の「御献立」について多少ともご相談にのった手前、伝統的な和食の基本のようなことをお話した。
・つまり、「御献立」の意味や、膳や箸について、
・それから和食は自然崇拝の精神から素材の味を大切にするため、砂糖・油脂は使わない、激辛もありえないことや、
・汁物がなければ和食じゃないこと。
・さらには醤油が未完成の元禄時代の調味料としての煎酒、味噌垂、
・最後に、薬味の役割と食べ方などをお話した。

ところで、こういった歴史料理に遭遇したとき、たいていの人は現在から過去を見てしまう。だから「屋台は江戸時代のファストフード」などと言ったりするが、江戸時代に「ファストフード=いつでも、どこでも、同じ物」を一貫製造する体制があるはずがない。
歴史というのは、過去から現在を考えることである。
たとえば、お蕎麦では味噌垂から蕎麦つゆへの進化、言い換えれば味噌垂があったから蕎麦つゆが誕生したことを知って、再現料理を味わうことが大切である。
それを味噌垂と蕎麦つゆを同じ卓にのせて比較するようなことをしてはいけない。刺身のつけ汁が煎酒から醤油へ変遷したことも同じである。

そうして作った料理というのは美味しくなければ始まらないのは当然であるが、それだけでは十分条件ではない。
1) 誰と食べたか?
2) 何処で食べたか?
ということが大事である。
1)の場合、たとえば恋人どうしの食事なら、たいていの物が美味しいだろう。
ただ、今日のような会食会のときは、2)の方が問題である。
2)について、「部屋建物は料理の衣装」といわれるが、今日のような再現料理「赤穂義士最後の晩餐」を頂くときは、殿様の別荘は最高だと思う。なにしろ、琴と尺八の音が松や杉樹の間を通り抜け広い池の水面をすべってゆく中での食事会である。贅沢この上ない。
このように場所・環境が大事だというのは、更科堀井の会、深大寺そばを味わ会、
蕎麦喰い地蔵講が人気なのも、会場の雰囲気が会食会の内容と合っているからであろう。
ともあれ、今日の会の会場は最適だった。
「ここでやりたい」と考えた「一寿」さん、それに協力した畑さんや地元の他の皆さんたちも素晴らしい。もしかしたら、こうした行動が郷土愛というものであり、そのことが新発田を支えているのではと心強く感じた。

《参考》
ほしひかる筆:『本朝食鑑』の「蕎麦」を再現する。
http://www.edosobalier-kyokai.jp/pdf/20161012hoshi5.pdf

*板垣一寿再現:古江戸蕎麦切のつゆを再現する。
http://www.edosobalier-kyokai.jp/pdf/koedosobakiri_itagaki.pdf

〔文・写真(御献立・清水園) ☆ 江戸ソバリエ協会 理事長 ほしひかる〕