第448話 夕顔のシンフォニー

     

~干瓢サミットより~

「干瓢サミット」なるものへ、「とちぎ江戸料理」をプロデュースされている料理研究家の冬木先生にお誘いいただいた。
正直言って、今まで干瓢という物をそんなに意識したことはなかった。だから、水口(滋賀県)の知人が「日本の、干瓢の生産高の9割以上は栃木県だけど、元々は水口の殿様が壬生(栃木県)に転封になってから、そうなったのだ」とやや不満気と自慢気を織り交ぜて言っていたとき、生返事しかしなかった。それというのも、干瓢をせいぜい「食べられる紐」ていどのイメージしかもってなかったからだろう。
ところが、今日はそれを見事に引っ繰り返されてしまった。
会場は、神田錦町にある学士会館内のレストラン「ラタン」。学士会館は昭和の匂いがブンプンする趣のある建物として知られている。後から思ったが、今日の不思議な集まりの会場としてはピッタリだった。
まず、今日の催事をご紹介する前に、干瓢というのは、夕顔の実( フクベ)を紐状にして干した物だそうだ。夕顔といわれると、どこか古の浪漫みたいなところを感じるが、それもそのはず『源氏物語』や『枕草子』にも出てくるほどに古くからある植物だ。
それにしても、現物を見るのは初めてだったが、夕顔という楚々とした名前とはうらはらに、瓢という物は南瓜や西瓜のようにデーンとでかかったのには驚いた。しかも、食材としての夕顔は、干瓢ばかりではなく、それになる前の瓢のままでも、あるいは夕顔の花も芽も食べられるという
さて、今日のサミットは、それを使った料理を食べる試食会だという。
料理は、主として「ラタン」によるが、麺屋武蔵と冬木先生のメニューもあった。
そもそもが、会食会というものは和食か、中国料理か、フランス料理などコースで供されるのが一般的だろうが、今日は違っていた。
和・中・洋の料理が次々と運ばれてくる。食材を紹介する会だから、そうなるのであろうが、その様はまるで食の交響曲のようであった。

第一楽章:洋風アミューズ 松花弁当仕立て
これは前菜だろうか、それにしてはスゴイ。いきなり10品も並んでいる。
夕顔のジェノベーゼ、夕顔と海幸のマヨネーズサラダ、鶏の干瓢乗せ焼き、夕顔とサーモンのミルフィーユ、干瓢とジャガイモとベーコンのスチーム、夕顔と生ハムのルーロ、スモークダックの干瓢巻き、夕顔の鳶っ子飾り、海老のポシェ大葉風味、夕顔のグラタンだ。
その全てをご紹介するのは勘弁していただきたいが、「amuse」というのは「楽しませる」という意味だから、洋食風に楽しもうというわけだ。
ただ、これを見て「これは洋食か、和食か?」と疑問をおもちの方もいらっしゃるだろう。「干瓢は和物だ」と先入観をもっている私も、「松花弁当仕立て」とあるのにほとんど洋風、ほんとうに不思議な料理だと思った。
そういえば時折、「和食とは何か?」という議論があるが、食材が和物であるとか、料理法が和風出汁を使った物だとか、盛付けが和風だとか、器が和物だとかが判断基準だといったりして、論議は尽きないが、当人が「和食っぽい」と感じれば、それは和食だろうと見方もある。

第二楽章:牛すじ干瓢
これは冬木先生のレシピだ。ここら辺から「肉類物でも合いますよ」と干瓢が主張し始めてきたという感じがする。

第三楽章:干瓢ラーメン
大きな海老が器からはみ出ている。と見えたが、それは海老ではなく干瓢に肉を巻いたものであった。麺には干瓢の粉末を塗しているという。つゆの色が濃いから、全体的には見た目に強烈そうに映ったが、いざ口にすると優しい味がした。「麺屋武蔵」の創作だという。麺通を自称するソバリエとしては、驚きの麺であった。交響曲でいえば、ここらへんで大太鼓でも鳴らして、山場を与えておこうというのだろうか。

第四楽章:牛タンの夕顔巻き
牛タンを出汁で軟らかく煮て、一口大に切り、出汁で煮た夕顔で巻きさらに煮たという。アクセントに隠元があしらってある。

第五楽章:夕顔綿の薬膳蒸しスープ
鶏のスープに薬膳らしく棗、枸杞の実、干山芋、そして夕顔の綿を入れて3時間蒸したという。ここで瓢の綿が登場、冬瓜に似たフワフワの綿だ。
階段を上るように夕顔が一段一段と違う世界へ昇っているようだった。

第六楽章:牛頬肉と夕顔の赤ワイン煮
その階段を昇った頂が最後の料理である。赤ワインで煮た牛頬肉だ。美味しい。だが、一緒にあるこれはいったい何だ? 「それにしてもこのぬらぬらした物質は何だろう」 、という谷崎潤一郎の『美食倶楽部』の一文を思い出した。
料理長の解説を聞くと、煮汁で湯がいた夕顔にオリーブオイルがかけてあるらしい。それがぬらぬらして摩訶不思議な触感になっている。そしてこのオリーブオイルと牛頬肉の煮汁が交じり合い、別格の味に昇っている。今日の第二の衝撃であった。

第七楽章:茶巾のデザート
締めは至福のデザートである。とくに西洋人は甘い物が好きだから、デザートは欠かせない。甘いから至福になれるのか、至福を感じるためには甘い物でなければならないのかは分からないが、今日のデザートはどこから見ても「これぞ、Dessert」である。なのに、しっかり和の干瓢で巻いてあり、また「茶巾」という形をとっている。なのに、うっとりするほど甘い。こんなに甘ければ、和食の甘味ではなく、洋食のデザートである。それにしても「干瓢が、デザートになるのか」と、最後まで衝撃であった。

今日の夕顔・干瓢料理は、和洋中混交の風貌をしながら、牛頬肉の赤ワイン煮と、オリーブオイルをまとった夕顔へと進み、そして最後は甘い魅惑のデザートで幕を閉じた。
おそらく指揮者のギリー社と大坂料理長は、第五・六楽章の夕顔と干瓢を使った料理が一番の自信作ではなかったろうか。

振り返って、それらをどうご紹介していいのだろうかと、拙い文章力しかない小生は悩んでしまう。それほど圧倒されたのであるが、「そうだ。この席にもし、あの谷崎潤一郎が座っていたら、巧く描いてくれるだろうにと思ったほどだった。
そういえば、谷崎潤一郎伯爵が、胡弓の音に誘われるままに妖しい幻想食の世界に迷い込んでいったのは、一ツ橋の袂の手前の路次にある木造三階建西洋館「浙江会館」の呼鈴を押してからだった。そこは今日の学士会館のすぐ近くにあるはずだ・・・!

《参考》
*学士会館 レストラン「Latin」の大坂総料理長のお話
*「干瓢麺」の「麺屋武蔵」さんのお話
*「牛筋干瓢」の冬木れいさんのお話
*栃木の干瓢農家さんのお話
*「干瓢サミット」を企画した㈱ギリーの渡辺さんのお話
*谷崎潤一郎『美食倶楽部』(ちくま文庫)
大竹道茂先生のレポートhttp://edoyasai.sblo.jp/

〔文☆エッセイスト 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる
〔写真提供 大竹道茂先生〕