第593話 あの日に帰りたい♪
珍味《ほろほろ鳥》
むかし勤務しいた会社の仲間が誘ってくれる会に参加した。いつもK君という世話をやいてくれる貴重な人物がいるから、懐かしい友と会える機会ができるのだ。ありがたいと感謝している。
今日は赤羽の「川栄」という鰻屋だという。
店の近くに行っただけで、もう蒲焼の匂いが堪らない。たいていの人は一年に数回ぐらい鰻を食べたいと思うことがあるだろうが、それもこの蒲焼の匂いのせいではないだろうか。
蕎麦、鰻、天麩羅、握り寿司は江戸四大食べ物として知られているが、誕生の順としては、蕎麦屋の次に鰻屋だろう。
蕎麦屋の暖簾は変体仮名で「生楚者」と書かれていてたいていの人は読めないが、鰻屋は今でもわかりやすく平仮名で「う」と書いてある。
「江戸前」という言葉は鰻から始まった。江戸前の浅草川と深川で捕まえた鰻だったからである。
それに鰻の蒲焼には山椒が薬味と決まっているが、両者の組合せは室町時代かららしい。蒲焼の強烈な匂いに勝てるのは山椒しかないからだろうか。
マ、こんなことは誰でも知っていることだろうからクドクド言うことはない。とにかく鰻は蒲焼は舌も鼻も満たしてくれるものだ。
ただ、今日の目玉は珍味の《ほろほろ鳥》だ。
昔の歌謡曲に「はぐれ小鳩か 白樺の 梢に一羽 ほろほろと 泣いて涙で 誰を呼ぶ」なんでいう歌詞があったが、そのほろほろではない。こちらはアフリカ原産のほろほろ鳥らしい。
村上龍のシャレた小説『はじめての夜 二度目の夜 最後の夜』の中に《ホロホロ鳥のスープ アニス風》というのが出てくるが、どんな味だろうと思っていた。
ご覧のとおり、この店では刺身と炙ったものとが供された。
K君が「貝のようだ」と言ったが、たしかに鳥のくせに貝のような食味だ。店員さんが「生だから一時間以内に食べてください」という。珍しい食材だからなのか、不思議な食べ物だった。
それよりも、昔の職場の仲間は高度経済成長期に生きた者ばかりだから、話の中で皆、「よく、カネ(営業費)を使ったナ~」と懐かしむことしきり。
あの頃は、歌の文句を地で行くように銀座・赤坂・六本木に出没し、午前0時前に帰宅することに罪悪感すらもっていた。いわゆる「企業戦士」だ。現在のサラリーマンとは大違いだが、それが止めようもない時代のエネルギーだったと思う。そんな時代を背景にした小説が前に書いた『コーヒーブルース』だった。
そういえば、Y君が感情込めて歌った「赤色エレジー」には感動したものだった。あの頃はカラオケではない。ピアノかギターの生伴奏で歌っていた。彼のエレジーはピアノとよく合っていた。みんながそれを思い出した。でもさすがに「また歌えよ」とまでは誰も口にしなかった。しかしながら、できることならあの日に帰りたい!という思いはホロホロとわいていたのかもしれなかった。それが同窓会というものだから。
「あの日に帰りたい♪」 そうだった。それは私が、お粗末ながら歌っていた荒井由美(松任谷由美)の曲だった。
〔文・写真 ☆ エッセイスト ほしひかる〕