第233話 迷宮のナポリタン

     

 

 ある会議に参加するため、横浜山下町のホテルニューグランドに行った。開始は午後2時だったけど、「せっかくなら」と早めの1時前に行って、レストランでナポリタンを食べることにした。理由は、このホテルでナポリタンが誕生したと伝えられているからだ。

 終戦時、占領軍が日本にやって来て、進駐軍は主たる建物を接収した。その一つがこのホテルニューグランドだった。

 当時、彼らの軍用食の一つにスパゲッティとトマトケチャップがあった。米兵たちは、そのスパゲッティを塩胡椒して茹で、トマトケチャップで和えて食べていた。

 それを見たホテルの料理長入江茂忠は、生トマト・玉葱・ピーマン・マッシュルーム・ハムを入れ、刻んだニンニクとオリーブ油で風味豊かな料理に創り上げた。これが、わが国独自の《スパゲッティ-ナポリタン》の誕生だったというようなことをホテルの壁新聞にも書いてあった。

 私の認識では、ナポリタンというものは、何処で食べても同じ味、同じ匂いのするトマト・ソースのはずだった。たとえば若いころ、そこら辺にある喫茶店で~ そんな喫茶店は、だいたい食事はナポリタンぐらいしかないのだが ~ マンガとか、新聞を見ながら、1人で食べたあの味だ。

 しかしこのホテルは違った。大きなテーブルにマットが敷かれ、重厚なフォークとナイフが並んで、間もなくして元祖ナポリタンが運ばれてきた。口にすると、それは匂いも味も重厚なトマト・ソースだった。「この重厚さが伝説の重みだろう。」食後の珈琲を飲みながら、そう思った。

 それにしても「なぜ《ナポリタン》なんて名がついたのだろうか?」

  参考:ホテルニューグラント(横浜山下町)

 〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる