第666話 願うものではなく、つくるもの

     

~ 『世界蕎麦文学全集』物語8 ~

 ☆絵本『そばのはな さいたひ』
    たまたまこんな素晴らしい絵本に出会った。それはこわせたまみ作・いもとようこ絵の『そばのはな さいたひ』という絵本だった。

    ~ ひとりぼっちの子うさぎさんは、蕎麦畑の隅で赤ちゃんにお乳をあげながら、子守唄を歌っているお母さんに出会います。「お母さんって、いいな~♪」
    次の日から子うさぎさんは、子守唄を聞きに、畑へ毎日出かけていきました。
    ところが、ある日、山の麓で大きな音がして、土煙が上がりました。
    人間がダムを作っているんだと、鳥たちが騒いでいました。
    「そんな~ 優しいお母さんと同じ人間が、山を崩すなんて・・・」
    工事の音は日増しに激しくなったのでお母さん山を急いで下りて行きました。その時、赤ちゃんの帽子を落としてしまったのです。
    子うさぎさんは、赤ちゃんの帽子を届けてあげようと蕎麦畑を走っていきました。
    その途中、ドッカーン!! 子うさぎさんは吹き飛ばされてしまいました。
    子うさぎさんは月まで飛んで行ったのでしょうか・・・ ~

 人間(母子)、動物(うさぎ・鳥たち)、植物(蕎麦)、そして自然が描かれ、そして月が登場するだけあって、さながら「わたしたちの地球を守ろうよ」というような著者からのメッセージを感じ、幼児向けの短い絵本の文章ながら、胸にジンときた。
 その気持はソバリエのI・Eさんももったらしく、ご自分の子供に「買ってあげました」とのことだった。
 私も「そうか」と思って、何冊かを購入して孫や姪の子や隣の子たちに上げたところ、ママさんたちは「いい絵本だ」と喜んでくれた。
 ただ、娘世代の若いママさんたちと私とでは、感覚が少しちがっていた。彼女たちにはダムにはあまり関心がなかったのである。よく考えるとそれも無理はない。

 振り返れば、大ダム建設とそれに抵抗する住民の涙の時代は昭和中期頃のことであった。ママさんたちはまだ幼児期である。そして1990年には自然保護がうねり始め、2000年ごろから日本中で脱ダム宣言がなされはじめた。さらには近年になると気候変動による降水と熱波が予想を越え、大雨のときにはもはやダムでは堰き止められず、「流域治水」策が必要となったわけである。今の人々には、もうダムの歴史は目に入らないのは当然であろう。
  絵本の奥付を見てみても、1985年の発刊であり、それは自然保護のうねりや脱ダム宣言より早い時期である。よって、この絵本は自然破壊を忠告する理念をもつものとして、1986年のボローニャ国際児童図書展において「エルバ賞」を受賞した。

願うものではなく、つくるもの
 よく、日本人は「いい子」だと言われる。ゴミの分別など自治体から言われたことはキチンと守るし、近頃のマイバック持参についても突然一方的に店から言われたにもかかわらずほとんどの人が1~2ケ月のうちによく守っている。もちろんその事は立派なことであるが、残念ながら日本人はそれ以上の環境運動へと踏み出そうとしないところがある。「いい子」であるがゆえに、なぜそのようなことをしなければならないのかという疑問も抗議もしない。そのような活動は周りや関係者たちに迷惑をかけるし、失礼になることが多いから、避けるのがまともな人だという、不思議な自粛精神がある。

 しかし、全員がそうかというと、そうでもない。立命館大学の富永京子準教授の調査によると、60歳代以上はデモ参加に肯定的だが、50歳代をふくめた若い人たちはデモ参加に否定的だという。つまり若いほど「いい子」なのである。だから日本ではグレタ・トゥーンベリさんのような若者の活動家はいない。

 高齢者の苛立ちは、あらゆる運動家が実感していることのようで、拉致問題の被害者たちは「もう時間がない」と人々に訴えているし、長年にわたった平和活動を実施してきた吉永小百合さんは「平和は願うものではなく、自分たちでつくるもの」と人々の行動を促している。

 このような時代差の傾向は私が前に述べた中曽根政権世代以降の現象と合致するだろう。それを思えば、政府政策の責任は大きいことを指摘しておく。
   なぜ政府の責任かというと、自然破壊による気候変動は、もはや日本式の「いい子」生活で済まされるような個人段階を越えているというのが専門家の声である。

 ところが、コロナ禍で人々の意識は変わりつつあるとAGCが10月に発表した。それを見ると、食品ロス、省エネ、環境問題などに気にするようになり、買物時の選択基準が変わってきているとの回答が過半数を越えたとのこと。
    これはコロナ禍体験からくる変化である。
   要するには、この体験差というのが時代差である。
   しかし、時代差=体検差というのは教えられないと分からない。
   だからそれを知らせるのがジャーナリストの役割である。
   これが絵本『そばのはな さいたひ』を上げたときに感じた印象の私の結論である

 

 【世界蕎麦文学全集】
   24.こわせたまみ作・いもとようこ絵『そばのはな さいたひ』

 文 ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる