第755話 ある読書感想文

     

~ Better Living as Human  ~

 これまで小説を読むことはあまりなかったが、たまたま縁あって李琴峰さんの『彼岸花の咲く島』を読んでみた。
  これまでの小説のなかで最高傑作だと思った。
  台湾で生まれ育った李さんは、日本語の魅力に誘われて日本へやって来て、作家となって芥川賞を受賞した。
  彼女は言う。日本語は漢字・ひらがな・カタカナで、和語・漢語・外来語を使いこなしている。こんな人種は世界にいない。
  ただ、われわれは使いこなすための決まり事をもっている。その基本は、もはや日本字となった漢字と、それから生まれた崩し字のひらがなと、例外文字のカタカナが「日本の字」だという認識と、そして文章表現をする場合、漢字でできている名詞が文章表現の意味の中心であるということだ、と私は思う。
 そんなことを念頭におきながら、詩のような、童話のような『彼岸花の咲く島』を読むと、言葉や文字の大切さが散りばめられているからドキドキしてくる。

  物語はこうだ。
  南の小さな島(與邦国島がモデル)に一人の少女が流れ着いた。その少女は島の少女遊娜に助けられる。漂着少女は記憶喪失になっていて、自分の故国も、言葉も忘れてしまっていた。二人の少女は互いに言葉も通じない。それでも遊娜は少女を介抱して、宇美という名まで付けてくれた。そのうちに遊娜の友、少年拓慈も加わって、三人は親友になった。
  遊娜も、拓慈もノロ(女性の祭司、巫)になりたいらしい。しかしノロは女性しかなれない。それが拓慈は悔しいと言う。
 たまたま私は、この本を読む一、二週間前にEテレで放映していた「奄美・アイヌ 北と南の唄が出会うとき」を観た。奄美の唄とアイヌの唄には共通するところがあったが、またこの小説とも雰囲気が似ていた。
  
 遊娜は宇美に、この島の指導者である高齢の大ノロと会うことわ勧めた。大ノロ、それはまるで古代の卑弥呼のような指導者らしい。
 宇美は大ノロに会った。しかし「おまえはよそ者だ、島から今すぐ出ていけ」と激しく言われる。遊娜と宇美は、行くところがないから島に居させてほしいと必死で懇願した。そうすると、大ノロは宇美に、ノロになるなら居てもいいと言ってくれた。
  ノロになるには、勉強しなければならないことがたくさんあった。わけても重要なことは「女語」という言葉を覚えなければならないことである。
 宇美は遊娜と一緒に講習を受けた。ウロは女語を話せるようになった。ここらあたりから未来小説のような雰囲気になってくる。
  少年拓慈はといえば、二人の少女が羨ましくてしかたがない。拓慈がノロになりたいのは、島の人間なら島の歴史を知らなければならないはずなのに、大人たち教えてくれない。それはノロだけが島の歴史を知っているからだった。
  拓慈は二人の少女に、ノロになったら自分にも島の歴史を教えてほしいと頼み、少女たちも承諾する。
  そして宇美と遊娜はノロの試験に合格した。もちろん落ちた少女もいた。
 宇美は、前からいだいていた疑問を大ノロにぶつけてみた。「なぜ、ノロは女性しかなれないの?」

 大ノロは、衝撃の島の歴史を語りはじめた。
 大昔、島の住民の先祖はここの島から北のニホンという国に住んでいた。そのころは男が指導者だった。
 あるときニホンに流行病が蔓延し、たくさん国民が亡くなった。調べてみるとそれは外国からもちこまれたものということが分かった。そこでニホン人は外国人を追い出し、出ていこうとしない者を殺戮した。さらには「美しいニホンを取り戻すめの積極的な行動」と称し、少しでも外国人の血が入っている者も追い出したり、殺したりした。
  私たちの祖先はこの島に逃げてきた。もちろんこの島にも先住民がいた。祖先はニホン人と同じことをした。先住民たちを追い出した。しかしそれだけでは収まらなかった。狭い島に人間の数が大すぎた。先祖たちは殺し合いを始めた。そこへチュウゴクがタイワンを攻めて来たため、タイワン人もこの島に逃げてきた。また殺し合いが起きた。島中が彼岸花のような赤い血で染まった。
 それを見て、おぞましく思った男たちは、急に怖くなって「歴史」を女たちに渡した。
  女たちは戦を止めた。

 これが島の歴史・・・。それを知った宇美と遊娜は声も出なかった。 
 大ノロは続ける。だから「歴史」を男たちに戻してはならない。女の手で未来へ語り継ぎ、島を守るのだ。
 宇美と遊娜は困惑した。こんな島の歴史は拓慈に話せない。それでなくてもそれを話すことはノロの掟を破ることになる。
 拓慈は約束が違うと言って、怒った。
 しばらくすると高齢の大ノロはこの世を去った。
  時代の変化を本能的に感じたのか、若い宇美と遊娜は考え抜いて、決心した。
  女も男もない。私たちは同じ人間だ。
  島の歴史を「男子」の拓慈にも話そう♪

  読書感想文として書くことは何もない。この物語そのものが李さんの言いたかったこと。
  ただ私は、宇美と遊娜の決意は、江戸ソバリエの理念と同じだと思った。感想といえば、これが感想だ。
           ~ Better Living as Human ~

〔エッセイスト 文・絵 ほし☆ひかる〕