第835話 候の逸品

      2023/03/03  

~ 霧中蕎麦 ~

 2月末、いつも世話になっているHさんと小松庵駒込店を訪れた。
 この店は、いつも季節の料理を提案している。今は「候の逸品」だという。
   「候」とは兆候、兆のこと。立春も過ぎたから、春もちかいというわけだ、
  「逸品」という言葉は私もよく使う。
  和食の言葉には「お品書き」「御献立」「一品」「逸品」などがある。
  「お品書き」は、《ざる蕎麦》《かけ蕎麦》など一品一品を表示したもので、子どもでも分かるようにひらがな表記が多い。
  「御献立」は、蕎麦会などの本日のお料理を順に書き示したもので、格調高く漢字表記が多い。フランス料理などはフランス語で書いてあったりする。
  「一品」は先に書いたように一つひとつの品であるが、それが美味しかった場合に私は「逸品」と言っている。

 さて、今日の「候の逸品」のお品書きにはたくさんの逸品が記してあったので、選んだ。
   漬物は、拙著『小説から読み解く和食文化』で述べたいわゆる【時間の料理】だけあって作るのに時間はかかるが、代わりに卓に出されるのは速い。こういうものを先に頼んでおくと、場を待たされなくすむ。というように、料理の手間を想像しながら注文する。ただし厨房の流れは客側は想像できないが。 
  ・蛍烏賊と花山葵の醤油漬け
  ・焼き天豆
  ・筍の木の芽焼き
  ・地蛤と春キャベツの酒蒸し
  ・鰆の南蛮漬
  焼き物はだいたい野性味がするものだが、煮物はほっとするところがある、という見方は拙著『小説から読み解く和食文化』の骨子の一つであったが、煮物といえる《地蛤と春キャベツの酒蒸し》は今日の膳の中で効果的に美味しかった。
   ・天麩羅
    蕎麦屋の席に座れば、《天婦羅》か《鴨》を食べたくなる。今日は《天婦羅》にした。

 締めはむろん蕎麦である。これがあま味がして大変美味しい逸品であった。伺うと「黒姫山麓 霧中蕎麦(信濃1号)」だという。「霧下蕎麦」は蕎麦界では有名であるが、「霧中蕎麦」は初耳であった。もちろん「初舌」だった。
    社長に伺ってみと、蕎麦粉ブレンダー(当店には蕎麦粉ブレンターという蕎麦粉のプロがいらっしゃる)の黒さんが「これはあまくて美味しい」と決めてくれたという。
 これから少し意識してみたいと思った。
    ごちそうさまでした。

   〔江戸ソバリエ ほし☆ひかる〕