第839話 大阪慕情~均一化に抗うという事

     

☆新大阪駅にて
 私は、美味しいパンとでき立ての黄色いスクランブル・エッグに濃い野菜ジュースなどがあるホテルの朝食は好きだ。あるいは喫茶店のモーニング・サービスの、バターが香る厚目のトーストと熱いコーヒーも好きだ。
 でも、昨夜泊まったホテルの朝食は、そういうものではなかったので、すぐにチェックアウトして新大阪駅へ向かった。途中に喫茶店はないものかと探したが見当たらない。そもそもが最近は喫茶店そのものが見かけなくなったのが残念だ。
 とうとう駅まで歩いた。構内をブラブラしているとチェーン店的なcafeが2軒ほど目に入った。どちらも似たようなもの、お客もそれなりにいた。あまり好みではなかったが、何かお腹に入れておこうぐらいの気持で1軒に入った。ケースの中にサンドイッチがたくさん並んでいる。といっても種類は少ない。ポテトサラダのサンドイッチと、トンカツのサンドイッチと、他にも似たようなものがあった。しかし早朝から、油物、しかも冷たい肉類は嫌だ。となると消去法でホテトサラダしかないから、一個とってレジへ、そしてコーヒーはおいしくないだろうと思って無難な紅茶を注文した。動作がぎこちないアルバイト風の店員がプラスティックの容器にお湯を注ぎ、ティーバックを一個添えて、「カードですか、キャッシュですか」と言ったので、現金で支払った。そんな店員がいながらも、店のシステムは自動販売機とあまり変わらないなと思いながら、空いているカウター席に着いた。カウンターはコロナ対策でアクリル板の仕切りがしてあった。そのためか、まるで人間ブロイラーである。何か哀しくなってきた。これだったらホテルで食べた方が良かったなと後悔しながら、サンドイッチ2つあるうちの1つを口にした。すると、ン!少しだけど変な匂いと味がする。これだからホテトサラダは嫌なんだと頭の中でぼやきながら、日付を確認すると、賞味期限は明日だった。でも早くも悪くなりかけていて、不味い。この責任はアルバイト店員にはないだろう。彼女はアルバイトだから何も知らない、気付かない。責任はアルバイトでもできるようなシステムにした経営者にあると思う。彼らは客の気分が悪くなることよりも、合理的経営を選んだことになる。そう気付いたとき、あ~、あの、バターの匂いのする厚焼きトーストが食べたいな~と幻を追い、そして目の前のサンドイッチは1つ残して、余計な生ゴミを作り出すことになってしまったと悔やみながら、店を出た。

☆電車内にて
 大阪にやって来たのは「食サミット」に参加するためであった。その会場へ向かおうと環状線に乗ったが、車中ですれ違った大阪人は心温まる人たちばかりであった。
  その車中の話の前に、そもそもが昨夜ホテルの在り処が分からなくて、場所を尋ねた店の青年がそうだった。彼はスマホで調べたうえに外に出て丁寧に教えてくれ、最後に「まちがいない、思うねンけど、違うていたらスンマへンナー」と付け加えてくれたのだった。
  東京人に道を尋ねても、こんなに親切に教えてくれる人はまずいない。
  話は電車内に戻るが、環状線に乗るや、座っていた中年までいかないくらいの男性が私の顔を見て「かわりまひょか」と言ってくれたので、一つ目の大阪で下りるからと言ったら、「さよか」で終わったが、そういうことが他にももう一件あった。また阪堺電車の宿院駅で下りようとしたときは、正面の席に座っていた学生風の男性と同時に立ち上がったため、その彼は「お先にどうぞ」と言ってくれた。東京人だったら、われ先にとなるだろう。
 そんな出来事を帰京してから大阪出身の林幸子先生にお話したら、「大阪人を殺すのに刃物はいらない。沈黙3分あればいい」のだそうだ。しかし大阪人のおしゃべりは人と人との交流を求めてのことだと思う。

☆再び新大阪駅にて
 さて、目的の食サミットが終了したので、新幹線で帰京するために再び新大阪駅に戻った。
 時間に余裕があったので、お土産を買おうと売場へ足を運んだ。ところがレジには100名ちかい人たちが並んでいた。ゲ!やめようかと思ったら、レジは10台ぐらいあるようで、客の列は進んでいる。それではと思ったが、お土産品は知らない物ばかり。何にしようかと不安になるが、相手にしてくれる店員さんはいない。それでも他の客は自分で選んで籠に入れて支払うために並んでいる。まるで工場のようなお土産売場だっと思ったので、やはりその売場で買うことを止めて、奥の方へ行った。そこは漬物売場だったが、店員さんがいた。いろいろと手短に説明してくれたので、水茄子と蕪の漬物を買った。
 帰り際、先刻の売場のレジの近くを通った。すました顔の係の人が紙のバッグに品物を入れていたが、支払は自分でしなければならないようだ。係の人は無言のまま支払い作業をしている客の手元をジッと見ている。何か税関で監視しているような雰囲気だ。私は、ここで買わなくてよかった思いながら、あらためて、レジ場の背後を見るとコンビニ大手の大きなロゴがあった。そうだったのか、この土産売場はその会社がコンビニ方式で運営しているのか、と知ったとき、地方色豊かなお土産品が全国統一されたコンビニ製品になったようで、侘しくなった。
  そして、大阪人の人の好さが、このシステムに潰されなければよいのにとさえ危惧した。
 だが、それよりも何よりも、拙著『小説から読み解く和食文化』で紹介した、均一化に抗うことを止めてしまった人間を描いた村田紗耶香の『コンビニ人間』の世界が今ここに在る、と怖くなった。

         〔和食文化継承リーダー ほし☆ひかる〕