第855話 林幸子、創作料理の秘密

      2023/09/10  

☆更科堀井 夏の膳
 令和五年八月、更科堀井 夏の会を開いた。この会は更科蕎麦と江戸野菜料理を楽しもうという会であるが、今回は次のような料理六品と甘味一品、計七品の創作料理が卓に並んだ。

 一、穴子と寺島茄子の煮凝り
 一、白岩瓜の平打ち蕎麦(夏新) 蘿蔔風
 一、おいねのつる芋 蕎麦味噌焼き
 一、八丈おくらと海老の冷やし鉢
 一、香魚のつる芋衣揚げ
 一、豚しゃぶ檸檬切りの胡麻山葵つゆ
 一、府中御用瓜のヨーグルトソース掛け

 蕎麦は、《平打ち蕎麦(夏新)》と《檸檬切り》と《蕎麦味噌》が登場。使用する江戸野菜は白岩瓜、おいねのつる芋、奥多摩山葵、寺島茄子、八丈おくら、府中御用瓜。豚肉、香魚、穴子、海老は「更科堀井」こだわりの特選物が使われた。
 料理のうちの白岩瓜の平打ち蕎麦は、蕎麦と大根の組合せが中世から在ったため【寺方蕎麦】系によくみられるが、その大根の代わりに白岩瓜を使ったもの。しかも白岩瓜を桂剥き風にして蕎麦の平打ちと合わせたところが上品な仕上がりとなっていて、伝統と革新を感じられから、ある方が「静かなる存在感」と上手いことを言っていた
 それから舌に記憶が残ると思ったのが豚しゃぶ檸檬切りである。柑橘類は昔から蕎麦屋では《柚子切り》があり、最近は平兵衛酢、酢橘、香母酢もよく使われるが、肉に対抗するには和の優しい柑橘類より、切れ感の強い檸檬が合っていて、伝統を打破する衝撃的な蕎麦だった。
 《香魚のつる芋唐揚げ》も逸品だった。「肉も魚も骨があるからうまい」と言う。だから肉は骨をしゃぶるようにして食べる。なかでも海老や川魚は、殻や骨まで食べ尽くすこともあるが、そういう輩を満足させてくれるのが、《香魚のつる芋唐揚げ》、文句なく頭からかぶりつきたくなる。 
 こうした料理を作るのは河合料理長を代表とする総本家更科堀井の皆さん。そして料理を考案されるのは、料理研究家の林幸子先生。
 平成27年秋から始めたこの会は、今日(令和五年夏の会)で通算23回目、料理137品、甘味19品、計156品が披露されたが、これまでに同じ料理は出たことがない。156品すべてが1回限り、まさに一期一会の料理である。ここだけは和の精神であり、またこれがこの会の特徴であるが、むしろ林幸子先生の力であると言った方が正しいだろう。

☆グー亭の香魚蕎麦の会
  数日後、林先生の料理教室グー亭で《香魚蕎麦》の会が催された。
 掛け蕎麦に魚という組み合わせは、東京「かんだやぶ」の《穴子蕎麦》、それをヒントにした京都「松葉」の《鰊蕎麦》がある。他にも郷土蕎麦が幾つかあるが、いずれも伝統的蕎麦つゆの世界の中にある。それに対してグー亭のつゆは違っていた。
 主役の《香魚蕎麦》は、「昆布+鰹節」+「炒り子+昆布」+「3種類の塩」で創ったつゆに蕎麦。それに三度揚げの和良川香魚が美しく横たわっている。それに「鮎蓼+バジル」をかけてもよい。
   香魚は頭からかぶりつき、蕎麦は啜り、飲みやすい「淡口つゆ」は実に良い味だ。
 そこで先生いわく「残ったつゆは、モッタイナイから持って帰って、《茶漬け風》にでもして食べてみたら」。この発想も新しい。


 

☆林幸子、創作料理の秘密
 今年の江戸ソバリエ認定講座では、協会の理事でもある林先生にご登板いただいた。講義内容は、上に述べたような創作料理はいかにして考案されるかということでお願いした。題して「創作料理の秘密」である。
 その「秘密」の答は【食材×料理法】ということだった。
 前にどこかで私は「林先生の料理は戦術的」というようなことを述べたことがあるが、その戦術的と思ったことがまさにこの式だった。
  ただ、この式が稼働するためには、食材と料理法に通じていなければならない。しかし食材といっても、たとえば葱だけでも分葱から千住葱まで無数にある。また牛肉を料理いるとすれば、これも佐賀牛から宗谷黒牛まで全部で何種類あるだろうか。そしてその肉は部位によって違うから、食材の数は地球規模の数である。 
 そして料理法は、拙著『小説から読み解く和食文化』で紹介したことがあるが、まず大項目として❶焼く料理、❷煮る料理、❸揚げる料理、➍切る料理、❺時間の料理がある。さらに中項目として27の料理で示してみたが、そういうことだろうと思う。
   ただ中国料理のように焼いてからまた煮るというような料理法が加算されると、実際はそれ以上あることは間違いない。
 それに林先生は、味覚のうちの基本味(七味から辛味・渋味を外した味)を意識するという。
 とすると、一見単純な掛け算のようであるが、組合せの膨大さは宇宙に煌めく星のごとき数になる。林先生も幾つかの公式を抽出できないものかと試みたが、無理だと思ったという。それこそAIに頼るしかないところだろう。
 しかし、現段階では、AIにも優る、料理人の自由で開かれた直感であっても、いずれの日にか【食材×料理法×基本味】からさらに進むことになるだろう。
 そう期待しながら、今の食を楽しみたい。
 

 《参考》
 ほし ひかる『小説から読み解く和食文化 ~ 月の裏側の美味しさの秘密』

  1. 〔江戸ソバリエ協会 ほし☆ひかる〕