第877話 風味と食感の話

      2024/01/15  

 友人の山本三紀先生が講演される「おいしさセミナー」に参加した。
 今日の演者は3名、いずれも女性講師だった。
 私は、拙著『小説から読み解く和食文化』や『蕎麦春秋』誌に連載中の「そば文学紀行」を通して、現代の食文学分野では女性作家の活躍が目覚ましいと思っていた。それは、男性が食べてみて初めて美味具合を知ることができるのが一般的であるのに対し、女性は準備(買物、料理、盛付・・・)段階から美味感を得ることができるから、関係する深さや濃度が男性とちがう立ち位置にあるからだと思う。だから研究においても活躍の場が多いのは当然である。

 というわけで、各々の専門分野から美味学を追究されている、今日の3名の女性講師の演題は次の通り。
 ➀国家資格キャリアコンサルタント(第1級フードアナリスト、チーズプロフェッショナル、さぬきうどん伝道師)の山本三紀先生
 「嗜好性と経験」。
 ②高知大学医学部地域看護学講座教授の奥谷文乃先生
 「嗅覚」。
 ③昭和女子大学名誉教授森高初恵先生
 「テクスチャーとおいしさ

 先ず、山本三紀先生のスライドにこういうのがあった。
 「食べ物の好みはその人の価値観で決まる」。たしかに個々ということが美味の基本である。だが、「蓼食う虫も好き好き」ということで終わりにすれば論も学も進歩もない。だから同じスライドにある「他人と比較し、客観視することが重要」という考えから、美味学研究が始まるのである。
 それゆえに山本先生が本日のセミナーの口火を切られ、2名先生方の研究と成果に続くわけである。もちろん今日のセミナーの主催者である「おいしさの科学研究所」も美味学研究機関である。
 ただ、各先生方の講義内容の全てをここでご紹介することは無理があるので、個人的に印象に残ったことだけを述べてみる。

 次の、奥谷文乃先生によると、臭覚の役割は、逆行性嗅覚によって風味(香り、味)を感じることにある。よって「美味しさは味より香り」だといえるという。そして臭覚の役割には防衛本能がある。この防衛本能から湿度の高い日本に棲むわれわれは乾燥した地域に棲む人たちより腐った食べ物を鋭敏に嗅ぎ分ける嗅覚力が発達したのだと思う。蕎麦通が香りを感じるために啜って食べるのは、これだろう。
 また、嗅覚は加齢によって減退するという。すなわち男性60歳代から女性70歳代から衰える。それゆえに私は、食べ比べ会の審査委員は、その人の性、生年代、出身地を明確にすべきだと拙著で述べてきた。そこへ過日、山本先生にその比較データをいただいたので、拝見したらやはり明確な違いがあつたから、自信をもったところだった。
 ところで、今日の嗅覚のお話のなかに「化学コミュニケーション」というのがあった。これは初めて知る言葉だったが、要するに「雄の匂い」、「雌の匂い」というわけだ。われわれは動物の一種類だったということを改めて知った。

 最後の、森高初恵先生の「テクスチャー(食感)」の話では、「美味しさの寄与率」は化学的味より物理的味だという。
 その物理的味についてであるが、たとえばSzczeniakはテクスチャーの分類を➀力学(堅さ、粘性、弾力性など)、②幾何学(形)、③その他(水分含量、油脂含量)としたという。たしかに全て物理的触感であることが、蕎麦通から見るとよく理解できる。美味しい蕎麦は、腰、喉越しなどの触感を優先する。
 よく、考えてみると日本人の触感は日本人の主食である米飯に育てられたのではないだろうか。米飯は味覚より力学(堅さ、粘性、弾力性など)で評価する。ただし米の産地が日照時間の長い西日本から、短い東日本に移動してきたせいか、近頃はアミロペクチンの多い、粘りのある米が美味しいとされるようになった。そのため、触感つまり結果的に食感(テクスチャー)にも変化が見られるが、それも地球温暖化から、人間の食感も変化するのだろうか。
 ただ、化学的味には味覚と臭覚があるし、物理的味には視覚と触覚があるから、簡単ではないと思う。
 また、研究はあくまで全体像である。個々人がそれに当たるとはかぎらなない。研究成果を踏まえ個人を尊重しようということになれば、山本先生のもう一つの専門「キャリアコンサルタント」的な方法が重要になってくるだろう。

江戸ソバリエ協会 理事長
和食文化継承リーダー
ほし☆ひかる