食の今昔物語 11月編 鍋料理*大根*もみじおろし
11月になると、日没時には気温も下がり、だんだんと温かい物を食べたくなります。体を温める料理はなんといっても鍋料理でしょう。日本の各地には伝統的な鍋料理が数多くあります。北海道の石狩鍋、山形のいも煮鍋、秋田のしょっつる鍋、茨城のあんこう鍋、福岡のもつ鍋など北海道から九州まで数え始めたらきりがありません。そんな鍋料理の中で、全国的に共通して好まれているのは、寄せ鍋でしょう。寄せ鍋の具材も、海に近い地域では魚介類が、山が近いところでは山菜などが中心となっているようです。共通しているのは野菜をたっぷり使っていることです。具材が海産物か、山菜類かを問わず野菜をたっぷり使った寄せ鍋は、やがてやってくる風邪の流行る時期に備えて、免疫力を整えるなどの目的があります。野菜、特に鍋料理には欠かせない白菜などの淡色野菜には免疫を整える成分が豊富に含まれております。そして風邪の予防には欠かせないビタミンCを大根で補おうという狙いもあります。
こんな時、寄せ鍋の野菜などを、どのような味付けで食べられますか?
最も多いのは、大根とにんじんをおろしたもみじおろしで召し上がるというケースではないでしょうか。ただちょっとした料亭などでは必ずもみじおろしには柚子とか橙、カボスといった柑橘類が付いています。
その理由は?
風邪などを引かないように、免疫を整えるために、大根をはじめ寄せ鍋の野菜でビタミンCを補おうとしても、もみじおろしに使われている人参には、ビタミンCを破壊するアスコロビナーゼという酵素が含まれております。その酵素の働きを抑えるには、柑橘類などの酸の助けが必要なのです。レモンでも良いし、手軽にはお酢でも良いのです。では鍋の中の野菜のビタミンCはどうか気になりますよね。ご安心ください。アスコロビナーゼは、熱を加えることでビタミンCの破壊を防ぐことができます。
アスコロビナーゼは、ニンジン自体に含まれているビタミンCも破壊しないと言われています。ニンジンジュースを作るときは人参単品でないとビタミンCが活かされないのですね。もみじおろしについては、最近は人参の代わりに赤唐辛子を使っているケースも多いようです。ビタミンC破壊酵素のことを考慮してのことなのでしょうか・・・。
ところで、下手な役者のこと「大根役者」といいます。これは役者を軽んじ見下げる言いかたであることは、誰でも分かっていると思います。では大根の立場になってみると、大根はやはり軽蔑されているのでしょうか、それとも褒められているのでしょうか。
答えは後者です。
大根は、もみじおろしのようにおろしても、おでんのように煮ても、また切り干し大根のように乾したものも、刺身のつまのように千切りにして生で食べても絶対に食中りしません。ということで役に当たらない役者と、食中りしない大根を「あたらない」という共通の言葉で掛け合わせたのです。
どんな調理方法であっても食中りしない大根は、全国各地で栽培されています。夏は寒冷地からの出荷が多く、冬は温暖地方で生産されたものが多いそうです。エネルギーは低く、ビタミン、ミネラル類の多い大根は、健康野菜といえるのかもしれません。
補足①最近の栄養学会での一つの説として、ビタミンCには酸化型と還元型があり、ビタミンC破壊酵素の影響はそれほど大きくはない、と言う研究者もおられます。
補足②「食あたり」を漢字で書くと「食中り」と書きます。「中」は訓読みでは「あたる」と読みます。脳卒中は、「脳が突然中る状態」を意味しています。飲食物や気温(暑気・寒気)が体に障る状態などを「中る」といっております。
注・「食当り」と記載してある辞書もあります。