第299話 マッカーサーの亡霊

     

元三大師

― 日本文化の奥深さ ―

深大寺そば学院で蕎麦の講義するようになってから、もう数年経った。この間毎年、入学式、講義、新年会、卒業式に出席させてもらっている。
ある年の新年会の席だった。出席者一人ひとりの挨拶があったが、その中で「蕎麦は奥深い。それが面白い・・・・・・」というようなことをおっしゃった生徒さんが何名もおられた。
最後に、私の番が回ってきたとき、「蕎麦はたしかに奥深いが、それに気付かれた皆さまも奥深い」と申し上げたところ、大きな拍手をいただいた。
しかしそれはゴマすりでもなんでもない。この〝奥深さ〟こそが蕎麦をはじめとした日本文化すべての特質であると思う。

では、その「奥が深い」というのは、いったいどういうことだろうか?
それは「知る人ぞ知る」とか、「玄人しか分からないこと」みたいな言葉で代用されることもあるが、言い換えると「そう簡単には分からない」、「勉強しないと分からない」ことだともいえる。
ということは、いま流行の「分かりやすさ」やマニュアル化、つまり「勉強しない人も、素人でも分かること」と対極の位置にあるということになる。
したがって「奥深い」というのは、現代の目からみるとややイジワルな面があるのである。<なのに>、イヤ<それ故に>というべきか、とにかくわれわれは「奥深い」ことに接すると自分が高まったような幸せ感をもつことができる。

ところで、この日本文化の奥深さに気付いた人たちがいる。
それが、明治末から大正初期にかけて海外へ渡った知識人たちである。
彼ら、たとえば夏目漱石岡倉天心九鬼周造谷崎潤一郎鈴木大拙らは、『吾輩ハ猫デアル』(1905年)、『茶の本』(1906年)、『いきの構造』(1926年ごろ)、『陰翳礼讃』(1933年)、『日本的霊性』(1944年)を通して、日本文化の奥深さを語り始めた。

では、なぜ外国に渡った夏目・岡倉・九鬼・鈴木ら(谷崎は別として)が、日本文化の奥深さに気付いたのだろうか?
それは、彼らが異国の地にあって、否応なく日常接していた単純な外国語と、複雑な母国語の違いに気付いたときから始まったのだろうと私は想像する。
どういうことかいえば、外国語は「話言葉=文字」という単純な関係にある。それに比べ、昔の日本語は言文不一致であった。つまり書く文字は、漢字の音・訓を使い分け、そのうえ漢字・ひらがな・カタカナを駆使しなければならない。つまり勉強しないと分からないのである。
他の例でいえば、聖書と仏教経典もそうだろう。聖書は文字さえ読めれば、子供も大人も、金持も貧乏人も等しく読める。
だけど仏教経典はどうだろう。読めない。仮に読めても意味が分からない。一番有名な『般若心経』の「観自在菩薩行深般若波羅密多時・・・」って、何のことだ?
・・・・・・これが日本語と英語の相違の象徴的な現実である。

余談だが、戦後の日本占領軍のマッカーサーが日本語の難解さに怒り、日本の国語をローマ字にしようとしたらしい。可笑しなことだが、インテリほどがこれに賛成したというから時代の勢いとは恐ろしいものだ。読売新聞などは「漢字を廃止せよ」という社説を発表した。さらには私の好きな志賀直哉すらも賛成し、啄木は『ローマ字日記』を発表して一時は大流行した。だが、この占領政策はさすがに庶民の猛反対にあって実現しなかった。
とにもかくにも、そんな嵐が吹き荒れたことがあるというのに、情報化社会になってマッカーサーの亡霊はあっさりと復活した。
それがパソコン、ワープロのローマ字変換である。当時の日本人が激しく抵抗したローマ字を今の日本人は率先して使っているわけだ。

話はずれたようだが、どんな国であっても、文化の源泉は言語=母国語にあるということだけはいえると思う。
だから、日本文化の奥深さ守るには漢字、ひらがな、カタカナの日本の文字を使わなければならない。ローマ字変換は国を滅ぼすだろう。
ただし、外国語会話の勉強は別物だ。ト、言っておかないと外国語に弱い者のヒガミと思われそうだ!
それにしても、奥が深い話はなかなか奥深い!

参考:夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』(岩波文庫)、岡倉天心『茶の本』(岩波文庫)、九鬼周造『いきの構造』(岩波文庫)、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(中公文庫)、鈴木大拙『日本的霊性』(岩波文庫)、河合隼男『中空構造の日本』(中公文庫)、

〔エッセイスト、深大寺そば学院 學監 ☆ ほしひかる