第326話 海彦山彦物語

     

~ 対馬から② ~

☆対馬で刺身
対馬に到着したその夜は、当地のお酒(「白嶽」など)と対馬暖流の魚の刺身をいただいた。なかでも感動的に美味しかったのは平目の刺身だ。
それを舌に乗せたとたん「軟らかくて、あまい!」ので、箸が止まらなかった。これがほんとうの刺身の美味しさじゃないかと満足した。
よく、白身の魚のお刺身は「シコシコ、プリプリして美味しい」と評されるのが一般的であるが、それだけが刺身の美味しさの基準だろうか? と思うことがある。
あるいは、よく「釣ったばかりの魚を船の上で捌いて食べる漁夫の料理が一番旨い」などということを耳にする。新鮮が何よりということでは分かるけど、漁師さんは魚を獲るのが本職、料理については素人では?と思うことがある。
そんなわけで、以前、あるお店の板前さんに訊ねてみた。
すると、「新鮮な魚のシコシコ、プリプリも旨いけど、それじゃ料理人として能がない。軟らかく、甘くなる頃合を見定めて、刺身にするとろに醍醐味がある」と言われた。
で、「その頃合は?」と訊いたところ、「活締め後、8時間が一番美味しい」ということであった。
きっと、対馬のこの店の板さんも同じ考えなんだろう。
そんなことを思いながら、平目の刺身をいただいていたら、こんな「海彦山彦物語」みたいなことを想像した。

漁火

☆海彦山彦物語
昔、小さな島に海彦という若い漁師が住んでいました。
海彦は海で魚介類を釣ったり採ったりして、それらを切っただけの、生を食べていました。ただ生のままだとあまり味気がないので、新鮮な魚肉のシコシコ感などを楽しみ、またそういうテクスチャーとは別に美味しさを味わうときは活絞めをして8時間経ってから食べることにしていました。
そのうちに色んな調味料を付けて食べることを知りましたが、やがては醤油という最高の調味料ができたため、鮮魚は刺身として料理の主役になりました。
また、その場合の料理法というのは「切る」だけですから、その魚が最も美味しい切り方を工夫しました。こうして刺身は、海彦族の一番の食べ物になりました。

そのころ、大草原には山彦という若い猟師が住んでいました。
山彦は獣を獲って、それらの肉を火で焼いて食べていました。肉は生だ硬いのですが、焼くと柔らかくなってとても美味しくなるのでした。それに塩や胡椒をかけるとさらに美味しさ味わうことができました。
しかし、長い間、肉だけを食べ続けていると身体を悪くしてしまいます。でも、海彦を見ますと、そうでもありません。山彦は海彦に「おい、海彦よ。肉を安く売ってやるから、おれにも魚を食べさせてくれ」と言い出しました。
実は、山彦は海彦の兄さんなので、逆らえません。「はい、はい。兄さんの言う通りにします。」と言って、肉をどんどん消費するようになりました。すると、海彦族も調子が悪くなってしまいましたので、鮮魚とのバランスを考えるようになりました。
でも味わいということにおいて、海彦たちは刺身から大事ことを学んでいました。食べ物には〝テクスチャー〟と〝美味〟と二つの楽しみがあることを。
つまり、新鮮な刺身のシコシコ・プリプリ感と、暫く置いてのあまい刺身の美味しさがあることを。
ですから、お蕎麦を食べるときも二つの楽しみを追いました。喉越し、コシのテクスチャーと、蕎麦本来の野趣性と甘味を。
それを山彦族たちは知りませんでしたが、だんだんと気付く者が出てきました。海彦は和食を世界中の人に知ってもらってよかったなと思いました。

― おしまい ―

参考:
ほしひかる筆「第325話 対馬蕎麦料理 ~ 対馬から① ~」
http://fv1.jp/chomei_blog/?p=12582

ほしひかる筆「対馬から蕎麦の原初を想う」
http://www.edosobalier-kyokai.jp/pdf/tsusima_hoshi.pdf

〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる〕