食の今昔物語 3月編 「おはぎ」と「ぼたもち」

     

 お彼岸の食べ物、「ぼたもち」と「おはぎ」はよく知られた食べ物です。お店などでは「おはぎ」と表示してあることも多いようですが、「ぼたもち」と「おはぎ」には何か相違点でもあるのでしょうか。

 答えは「食べる時期が違う」だけと言っても良いでしょう。

 こしあんと粒あんの違いなどを挙げる方もおられます。あんの材料である小豆の収穫時期は秋です。秋には収穫したての柔らかい小豆を、あんにします。柔らかい小豆の皮も一緒にしてこねると粒あんができます。春の時期には、越冬した小豆を使うので皮は固く、そのまま使うと口当たりも良くありません。そこで皮を取り除いた小豆を使用し、こしあんが出来上がります。「おはぎ」も「ぼたもち」も基本的には原料は同じで、異なるのは食べる時期だけです。「ぼたもち」は牡丹の季節、春のお彼岸に食べるものであり、「おはぎ」は萩の季節、秋のお彼岸に食べるものです。

 本来は、牡丹もち、お萩もちと書くのが正しいのかもしれませんが、言っているうちに「牡丹餅→ぼたもち」、「お萩餅→おはぎ」という習慣が定着したものと思われます。

 付け加えておくならば、・・ここでは「おはぎ」と統一しておきますが・・「おはぎ」に使われている小豆の赤色には、災難から身を守る効果があると信じられ、邪気を払うという信仰が先祖の供養と結びつき、お彼岸のお供え物となったと考えても良いのではないでしょうか。

 ところで私の住まいの近所のスーパーでは、一年中「おはぎ」が店頭に並んでいます。お彼岸に関係なくいつでも買い求めて食べることが可能です。

 では、夏の「おはぎ」は特別な呼び方があるのでしょうか。冬の場合はどうなのでしょうか。調べていくうちに面白い言葉を見つけました。

 夏の「おはぎ」を「夜船(よふね)」といいます。「おはぎ」はお餅と違い、ペッタンコ、ペッタンコと搗くことがありません。こねるだけです。隣の人たちに「おはぎ」をお裾分けに行くと、いただいた人は「おはぎ」を見てあんころもちと似ているので、いつついたのかなぁと不思議に思ったことでしょう。

 夏の夜、昔の人たちも遊覧船などに乗り、船上で涼みながら楽しく花火等を見て楽しんだことでしょう。楽しい船上での時間は、あっという間に過ぎてしまったのでしょう。気が付いたら船着き場にいつの間にか着いている。「着いたことを知らなかった→(おはぎを)搗いたことを知らなかった」ということから「夜船」というようになったそうです。

 では冬の「おはぎ」は何というのでしょうか。「北窓(きたまど)」といいます。東から上り西に沈む月は、北の窓からは見えないということから、「いつ搗いたのかわからない→搗き知らず→月知らず→北の窓→冬のおはぎ」という言葉遊びがいつの間にか定着したようです。

 いずれにしてもおはぎという大衆の食べ物ですら、季節によって言い方を変え楽しんでいる様子がうかがえます。季節感を生活の中に取り入れて楽しんだ先人の余裕ある生き方を見習いたいものです。

 現代風に考えるとあまり出来のよくないダジャレと考える方がおられるかもしれません。しかし昔の人は言葉そのものに、魂が宿っているというように考えていたことも否定はできません。言葉に宿っている魂と霊威、「言霊」を信じて疑わなかったことからこそ様々な文化が生まれたのではないでしょうか。「おはぎ」という言葉一つにも日本文化の奥深さを感じるものです。