第409話 祝! 国宝 深大寺白鳳仏

     

「深大寺の釈迦如来倚像が国宝に決まった」と、平成29年3月10日の夜に深大寺「門前」の浅田様からお電話を頂いた。

この釈迦如来倚像は、釈迦如来が椅子に腰かけられた像だが、飛鳥時代後期の白鳳時代(645~710)生まれのため、通称「白鳳仏」とも呼ばれている。
われわれはつい「仏像」と言ってしまうけれど、本当は仏様。だから仏様は寺院に御座すべきで、それでこそありがたい。
そういう意味で、これまで関東の寺院に在す国宝仏としては、鎌倉高徳院の阿弥陀如来坐像(鎌倉時代)、いわゆる鎌倉大仏だけであったが、この度の白鳳仏はさらに500年を遡る時代の仏様であるため、また大きな価値があるといえよう。
一方、本場というか、奈良の白鳳仏としては、法隆寺の観音菩薩立像(夢違観音)、新薬師寺の薬師如来立像(香薬師)が広く知られている。
これらの白鳳仏はふっくらとした頬、鼻梁から眉尻にいたる表現などで、希望をもったお顔をしておられる。もしかしたら、「大化の改新」を経たそのころは希望の時代だったのだろうかと想像したりする。
しかも、三躯には類似部分がかなり見られるというから、そこに希望に満ちた白鳳時代における平城京と武蔵との往来の物語がありそうである。

私は深大寺そば学院で講師をさせて頂いたり、また江戸ソバリエ石臼の会の「そば守観音」様への献そば式でなどでお世話になっている。
そんなことから、このニュースには大変嬉しかった。
おそらく、浅田様も同じお気持、イヤ幼いころから深大寺界隈で育った「深大寺っ子」としては、私なんか及びもしないほどの大きな慶事だったのだろう。電話での口調を抑えられてはいたが、そのお気持は十分に伝わってきた。

ところで先日、深大寺そば学院の卒業式が行われた。その席で学院長である張堂完俊住職がこんなことを言われた。
「国宝」という言葉は、伝教大師最澄が「道心ある人は国の宝だ」とおっしゃったことに由来するという。つまりは「人間こそが宝だ」というわけである。
そうした意味では、深大寺の本当の宝は当寺の釈迦如来倚像を守り続けてきた人たちなのだろう。
深大寺の釈迦如来倚像は、決して自動的に国宝になったわけではない。
それは白鳳時代の仏師たちや、明治24年に元三大師堂の床下から発見した考古学者の柴田常恵たちのお蔭もあるだろうが、何よりも張堂住職や浅田様たちの深大寺を愛する思いが、一丸となって、しかも丁寧に力を尽くされた結果であることは、十数年お付合いしながら側から見てきた私にはよく分かる。
やはり、人間こそ宝なのだ。

〔文・写真 ☆ 深大寺そば学院 学監 ほしひかる〕