第502話 箸感謝祭

      2018/08/07  

~寺方紀行-赤坂日枝神社

☆箸文化=麺文化
赤坂日枝神社では毎年8月4日の箸の日に「箸感謝祭」が行われる。
お箸と麺類は切っても切れない仲であるから、ソバリエとしては見逃せないと思い、度々訪ねて、その様子をあちこちに書いたり、話したりしてきた。
ところが今年は、ありがたいことに招待状を頂いたので、喜んで出席した。
先ずは社殿で箸感謝祭、内庭で箸焼納祭が厳かに執り行われ、その後に参集殿で直会が催された。
主催者のNPO法人国際箸文化協会の浦谷兵剛理事長のお話によると、45年前に学校給食の場からお箸が消えようとする動きがみられたので、日本食文化の危機を感じて箸感謝祭を始めたのだという。それをうかがって、私はそんなとんでもない危機があったのかと驚いた。
戦後裏面史では、連合国最高司令官マッカーサーは日本の文字(漢字・かな)を廃止して、ローマ字にするよう考えていたという。幸いにも、そのことは実現に至らなかったが、国民文化の要である国字がなくなりそうになったという話は、聞いただけでもゾッとする。箸だって同じだ。だから浦谷理事長の行動はすばらしい。
ところで、近ごろプラスティック・ストローが海洋プラスティック汚染の一つになるとしてニュースになっている。だが、私に言わせれば「日本の食べ方に学べはそんな問題は起きないヨ」ということになる。
どういうことかというと、外国では食器を手に持たないで食べようとする。だから、食器と口の橋渡し道具として、スプーン、フォーク、ストローなどあらゆるものを用意しなければならない。その点、日本人は食器を手に持って、それを口元まで運び、お箸で静かに口の中に入れてやる。汁物だって、お箸で頂く。つまり運ぶ道具としてはお箸だけで済むというわけだ。しかもその箸の原料は間伐材ときている。
「どうだ。お箸って、すごいだろう」と言いたいところだが、お箸も、ナイフ・フォーク・スプーンも其々の歴史文化だから、一概に非難はできない。だから守るべきものは大事に守りながら、改革すべきところは変えていくしかない。
そのためには私たち日本人が「お箸って、すごいだろう」という気持を失ってはいけない。それが箸感謝祭の意義である。
そんな流れからだろうか、韓国と日本では『箸の文化を世界遺産に!』という運動が起きている。そのせいか今日の感謝祭には韓国のTV局も撮影のために入っていた。
直会の合間に会場を見回すと、日本や世界のお箸が展示してある。東京藝術大学名誉教授の三田村有純先生のコレクションということだった。先生ご自身も「世界一の箸コレクションだよ」とおっしゃるだけあって、伊勢神宮の祭祀用や高麗時代の箸、あるいはモンゴルの小刀付の箸など、いずれも垂涎に値する逸品ばかりであつた。
さて、中締めの刻がきた。これにも驚かされた。
「乾杯」という言葉は外国からきた言葉であるから、日本は日本らしく「彌栄!」と唱和して締めようというのだ。
なるほど・・・、世界も日本も彌栄でありたい。

☆「幻の常明寺は何処?」
余談になるが、赤坂日枝神社(赤坂山王社)といえば、江戸時代には東叡山寛永寺とともに天台宗の東の本山として知られていた。その赤坂山王社の塔頭の一つに「常明院」というのがあった。
私は「もしかしたら、そのお寺が江戸蕎麦初見の寺院ではないだろうか」と注目していた。
『慈性日記』という史料には、天台宗の僧慈性が江戸の常明寺で友人と蕎麦切を食したと記録してあるが、蕎麦史ではそれが江戸蕎麦の初見の寺とされているのである。
そのため、蕎麦史ファンは幻の常明寺探索に夢中になるのだが、残念ながらその所在地は未だ明らかになっていない。
それなら私も謎解きに加わろうと、『慈性日記』を校訂された林観照先生(江戸ソバリエ講師)にそのことを申上げたところ、「いい所を突いているが、証拠がない」と否定された。
「いい所を突いている」とは、①京の慈性が江戸にやって来た目的は江戸城に参上することだったから、江戸城に近い日枝神社常明院というのは一応納得がいく。②天台宗の寺社である日枝神社は、同じ天台宗の僧である慈性が訪問する所として相応しい。
ただし、昔の人は「常明」を同じ音で「定妙」と書いたりすることはあるが、僧侶の身で「院」と「寺」を書き間違うことは絶対ありえない、ということだった。
それで私は、赤坂日枝神社説を諦めて、推理をし直し、現在は神田川沿いの神田須田町・連雀町にあった寺だと推定して、下記に発表した。
http://www.edosobalier-kyokai.jp/pdf/20161012hoshi4.pdf
結論を言ってしまえば、日頃より大変お世話になっている「かんだやぶ」さんと「神田まつや」さんの辺りである。
この説に至ったとき、私は神猿(日枝神社の守護猿+申年の私)のお導きかと有難く思ったものだった。

《参考》
ほしひかる「嘴から橋まで、箸のお話」↓
http://www.edosobalier-kyokai.jp/pdf/20170411hoshi10.pdf

〔文・写真 ☆ 江戸ソバリエ協会 理事長 ほしひかる〕