第579話 思い出ありて懐かしき

     

松本浅間温泉にてⅠ

 極めて個人的なことだが、私にとって信州は第二の故郷のような思いにあふれている。
大学を卒業して、某社の営業部に入った私は、一年間の研修期間を長野・新潟県で過ごした。といっても、当時はまだ支店がなかったから、毎月東京からパブリカ800ccを運転し、偶数月は長野県へ、奇数月は新潟県へ出張し、現地の旅館に泊まって仕事をした。
新潟の場合は、半世紀以上の昔のことであるから、旅館名も忘れ、旅館の場所も今となっては不明となった。ただ越後の山河だけは昔とちっとも変わっていないところが、なぜかほっとする。
1年間の研修期間を過ぎると長野県の担当になり、上田・長野・松本・飯田・諏訪の旅館に宿泊しながら3年間を信州で過ごした。
2年生には発売されたばかりのカローラ1000ccが与えられたのが、何か格が上がったようで嬉しかった。
そうして、吹雪の中を事故死も覚悟しながら運転していた北信。一寸先が見えない霧の中でハンドルにしがみ付くようにして運転した碓氷峠。青い空と緑の草原に身も心も開放された美ケ原。紅葉の山中に迷い込みそうになった和田峠。今となってはそれも確かな実感のある毎日であったと言ってしまえば美しすぎるが、和田峠では死の淵を覗いたこともあった!
調子にのって運転していると砂利の山道にハンドルを取られ、崖の下に落ちそうになった。幸い、大きな樹がガードレールになってくれて、それにぶつかって止まったが、恐るおそるドアを開けると、下は崖!!
どうすることもできない。「死ぬのか!?」と戸惑っていると、ダンプカーが通りかかって、ロープを繋いで引っ張ってくれた。命拾いとはこのことだ。

翌日、先輩と一升瓶を抱え、助けてくれた土木会社に御礼に行った。
すると、言われた。「前に同じことがあったけど、その車は落っこちて死んだヨ。あそこは道が悪いんだ」と。
そんなことがあったから、「確かな実感のある毎日」と言ったわけだ。

そして半世紀後、蕎麦のことで度々信州を訪れるのも不思議な縁だと思っている。
この度訪れた浅間温泉も懐かしい所だ。昨夜から宿泊していたホテル玉乃湯から、昔世話になった旅館まで歩いて行ってみた。長野県は3年間仕事していたから、かろうじて場所は覚えている。
しかしながら、前に訪れた上田や長野の旅館も、そうだったが、今日の浅間温泉の旅館も、もう営業はしていなかった。
思い出旅館の前に、時代物の蔵屋敷風の古民家が佇んでいた。その塀の所には「浅間の宿(シュク)」という碑があった。つまりは14世紀頃の信濃国はこの浅間が政治の中心地であったというのであるが、それより個人的には〝跡〟という字がわけもなくジ~ンときた。

半世紀という月日は容赦なく全てを彼方へと葬り去っていると思いながら、私はまたホテル玉乃湯に戻った。そのホテルには吉井勇の歌碑があった。

さまさまの おもいでありて なつかしき
浅間湯どころ 見んとわが来し 玉の湯にて
吉井勇

そうなんだ。こうして再訪し、様々な思い出を浮かべることができるのも幸せなことだと勇の歌に接して思い直した。

*新潟県再訪記は第563 565 567話に記載、上田市再訪は第385話に記載しているが、これまた極めて個人的なこと。

〔文・写真 ☆ エッセイスト ほしひかる
写真:浅間の宿跡に建つ蔵屋敷