第972話 別府貫一郎が描いたリアルト橋
千鳥ヶ淵近くにあるイタリア文化会館で、別府貫一郎(1900-92)の回顧展「別府貫一郎が描いたイタリア」が開かれています。
本日の主役の画家はソバリエの別府明子さんの義父にあたられるというので、仲間の北川さん、佐藤さん、武石さん、鶴見さん、藤森さんと伺いました。
企画主催したのは貫一郎のご子息夫妻(別府明子さんご夫妻)というだけあって、お二人が説明される口調にも温かみがあり、素晴らしい回顧展でした。

別府貫一郎は、佐賀県藤津郡塩田町(現:嬉野市塩田町)に生まれました。
当時の佐賀は洋画家を多数輩出している県です。
岩倉使節団(187[3年)に随行し『米欧回覧実記』を記録した久米邦武の子久米桂一郎(1866-1934、佐賀市出身)、「あやめの女」で有名な岡田三郎助(1869-1939、佐賀市出身)、妖艶な女性を描く古沢岩美(1912-2000、鳥栖市出身)などが知られています。たぶん開明派の薩長土肥の一つだったから洋画に関心が寄らせられたのでしょう。
貫一郎は、画家としてほとんどイタリアに住み、風景画を描いてきたというだけあって、ヴェネツィアの運河と建物、そして橋が描かれた画が多数展示されていました。
その中に「リアルト橋」という絵がありました。「そうだった」と、この橋が須賀敦子のエッセイ「橋」に出てきていたことを思い出しました。運河に架かる3本の橋の内の真ん中の橋、ルネッサンス様式の屋根付き橋で、ヴェネツィア名所の一つだそうです。

私がこのエッセイを覚えているのは、橋を渡るときのヒールの音、でした。もちろんリアルト橋も昔は、木造の跳ね橋だったのでしょうが、16世紀に石橋になったそうです。
日本の、江戸や大坂も、「水の都」とよばれ、たくさんの橋が架っていました。藤沢周平の『橋ものがたり』や三島由紀夫の『橋づくし』には日本の橋の物語が描かれていますが、音がありません。
しかし、須賀敦子はヴェネチアの橋を渡るとき、靴のヒールの音の違いを描写しているのです。これが欧州人の渡る橋だなと感じたわけです。
他の絵を拝観しましても、運河、石の家が静かに描かれています。
貫一郎の故郷の長崎街道・塩田宿は塩田川という大きな川を有し、かつ有明海に塩田津を持つ、〝水のクニ〟でもあります。そして街道沿いには木の家が軒を並べていました。
貫一郎は、ヴェネチアの人々の賑わいと水辺の風を肌で感じながら、絵筆を動かしていたのでしょう。そう想いながら一枚一枚の画の前に立って、暫しの時を過ごしました。
江戸ソバリエ ほし☆ひかる