第312話 後味を大事にしてますか?
~ 映画のラストシーンから ~
「からん♪ からん♪」
神楽坂の蕎麦屋「東白庵 かりべ」で出されたお冷を手に取ると、手作りのグラスに氷が当って、涼やかで優しい音がする。
店の椅子は欧州調。壁には苅部さんの師匠・阿部孝雄さんの不思議な絵が飾ってある。個性的な器に盛られた数々の美味しい料理を頂いて、「ご馳走さま」を言う。そして帰るとき、苅部さんはいつも私が角を曲がるまでお見送りされる。
振り返ると、まるで古い映画『シェーン』のラストシーン「シェーン、カムバック」の声が聞こえてくるようだ。
だからだろうか、後日「カムバック」して、また訪問することになる。
映画といえば、記憶に残るラストシーンというのが幾つかある。
中学生のころ見た『太陽がいっぱい』の叫び声は今も耳に残る。『ケイン号の反乱』はどんでん返しだったが、もっとも驚かされたのは『情婦』の二度のどんでん返しだった。
『おしゃれ泥棒』の最後は笑ってしまうが、『生きる』『我が心のオルガン』『ディナー・ラッシュ』などは思わず「なるほど!」と呟いてしまう。『鎌田行進曲』と『アーティスト』の最後が似ているのは、両作品ともに映画界の話のせいたろう。
そうかと思えば、わざと後味の悪い終わり方をさせた『チャイナタウン』というのもあった。
それから『4分間のピアニスト』は衝撃的だった。まるで蕎麦つゆに、山葵と唐辛子と胡椒を一緒に入れて、喰らわされたようだった。その凄さの好き嫌いはあるだろうが、作品の最後を意志をもって締めようという創作意欲には感心する。
人間の最期にテーマを絞った映画もある。その中では『利休』が有名である。そして利休の映画や小説では、関連してただいたい信長の最期も挿入されている。たとえば、勅使河原宏監督の『利休』である。どちらかといえば静的な映画なのに、その迫力には凄みがあるのは監督の腕であろう。加えて何と緑豊かな日本の景色の美しいことか・・・・・・。
しかしながら、この勅使河原『利休』では信長が炎に包まれるシーンも利休の切腹シーンもない。
近習の者が信長の最期を語る。「『是非に及ばず』の台詞を残し、まるで茶室にでも入られるようにして炎の中に去って行かれた」と。
こんなカッコイイ信長だから、炎の中で幸若舞を舞う信長伝説が生まれたのだろう。
そして、その志を受け継いだ利休も、まるで茶室にでも入るようにして竹藪の奥に去っていく映像となる。
当然、ここで有名な辞世の句を思い出す人がいるかもしれない。それを読むと、利休の静かなる闘志が伝わってくるから、辞世の句を遺す昔の人の心境は凄いものだ。
こんなことばかり言っておれば、「自分自身はどうなんだ?」と問われるだろう。
そう。自分を振り返れば、仲間との蕎麦会の締めくくり、手紙やメールをもらったときの返事の仕方、講演会での最後の言葉、こうして今書いている文章の後味は、どうだろうか・・・・・・と、心配ならびに反省ばかりである。
若いころ、「出迎え3歩、見送り7歩」とよく教えられた。仕事の継続には、最後の見送りをおろそかにしてはいけない、と。
若い人は、デートしたとき、恋人に「また会いたい」と思ってもらえるような、ラストシーンなんていうこともあるだろう。それが恋の後味だ。
トまあ、様々なところに、様々な「ラストシーン」はあるはずなのに、それが凡人のわれわれにはなかなか見えてこない。
よって、映画のラストシーンでそれを見てみようと思ったのであるが、やはり私のエッセイの締め括りは、「締まりがある」と言えたものじゃない。
せめて、江戸ソバリエのラストシーンは、きちんと箸を置いて「ご馳走さまでした」を言ってから締めよう。「立つ鳥跡を濁さず!」これが食べる側の後味でもある。
参考
幸若舞「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」
利休辞世の句「人生七十 力囲希咄、吾這宝剣 祖仏共殺、提ル我得具足ノ一太刀、今此時ゾ天ニ抛ツ」
(りきい きとつ、わがこのほうけん、そぶつ ともにころす、ひっさぐる わがえ ぐそくのひとたち、いまこのときぞ てんになげうつ)
太田牛一『信長公記』、黒澤明監督『生きる』(1952年)、ジョージ・スティーヴンス監督『シェーン』(1953年)、ハーマン・ウォーク原作・エドワード・ドミトリク監督『ケイン号の反乱』、アガサ・クリスティ原作・ビリー・ワイルダー監督『情婦』(1957年)、ルネ・クレマン監督『太陽がいっぱい』(1960年) 、ウィリアム・ワイラー監督『おしゃれ泥棒』(1966年)、ロマンポランスキー監督『チャイナタウン』(1974年)、深作欣二監督・つかこうへい脚本『鎌田行進曲』(1982年)、勅使河原宏監督『利休』(1989年)、イ・ヨンジュ監督『我が心のオルガン』(1999年)、ボブ・ジラルディ監督『ディナー・ラッシュ』(2000年)、クリス・クラウス監督『4分間のピアニスト』(2006年)、ミシェル・アザナヴィシウス監督『アーティスト』(2011年)、田中光敏監督『利休にたずねよ』(2013年)、
〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる〕