第325話 妄想 対馬蕎麦料理

     

~ 対馬から① ~

「対馬に行きませんか?」と、巣鴨の「菊谷」、神田の「眠庵」、博多の「木曽路」の三人の蕎麦屋さんに誘われた。
学生時代に一度訪れたことがあるから、約半世紀ぶりである。行ってみようという気になって、同道をお願いした。
私の理解しているかぎり、対馬は石の島(石の山、石の川、石の塀、石の屋根がよく見られる。)、壱岐は土の島である。したがって、土の島である壱岐は農業、石の島である対馬は漁業と交易を主としてきた。それゆえに、対馬では古代の動植物が守られてきたという面があるように思う。
現地に着くと、対馬市役所のAさんが対馬の蕎麦や食に関係する処をご案内され、それらについて詳しくお話いただいた。
メインの蕎麦については、別のところで発表したいと思っているので、ここでは対馬の特色ある食について、拙い思いを述べてみたい。

☆朝食【赤米+対馬在来の粥】

赤米神田

Aさんに、お願いして前々から興味をもっていた古来種「赤米」を栽培している神田に連れて行ってもらった。
赤米というのは、玄米の外層部の種皮層に赤色系(タンニン系)の色素が蓄積した米または稲のことである、と聞いていたので、一度見てみたかった。
案内されたのは最南端の豆酸という地区だった。ただ残念ながら、時季はずれのため刈り取った跡の田を眺めるに終わった。
話を聞くと、現在は主藤家一軒のみが栽培を続けているという。まさに絶滅危惧種である。
この赤米は縄文末期に稲が日本列島へ渡来したときから存在していたかどうかは、分かっていないが、現在最古の初見は飛鳥時代である。
一方の、対馬在来は「最も原種に近い蕎麦」といわれる蕎麦である。
そんなわけで、古くから赤米と対馬在来が存在していたことはまちがいない。妄想すれば、朝食にその二種の粥〔妄想レシピ=赤米と対馬在来の蕎麦粥〕な
んていうのもあったかもしれない。

☆昼食【対馬在来の蕎麦切に、橘+対馬地鶏出汁+塩のつゆ

橘の木

同じ豆酸地区にある多久頭魂神社に案内された。
神社に行くと、「の木」が立っている。初めて見たが、あんがい高い木である。
橘は、よく『記紀』や『万葉集』などに登場するから、古代では日本代表の柑橘類であった。
気高く、瑞々しく、美しい橘ゆえに、 古代の英雄ヤマトタケルの妃オトタチバナ媛の名になったとされている。また橘という姓も「源平藤橘(=源氏・平氏・藤原氏・橘氏)」というくらいの最古の姓である。
しかしながら、今は蜜柑、柚子、酢橘など多くの柑橘類がスーパーなどでお馴染みであって、もはや橘はわれわれの認識から消えようとする。これも絶滅危惧種である。
そこで、日本の柑橘類のチャンピオンを忘れてはならないということで、橘を利用した〔レシピ〕を妄想してみた。〔妄想レシピ=蕎麦つゆ=対馬地鶏出汁+塩+橘の汁〕なんていうのはどうだろう。

☆夕食【対馬在来のガレット+和蜂蜜+猪のハム・ソーセージ】

【上 和蜂蜜、下 猪のハム・ソーセージ

「最近、ミツバチ(セイヨウミツバチ)が減ってきていて、蕎麦をはじめ農作物の収穫に影響が出てきている」と聞く。このセイヨウミツバチは18℃~28℃の中で働き、雨に弱く、病気に罹りやすいらしい。
ところが和蜂(ニホンミツバチ)というのが日本にはいる。彼らは病気に強いという。低い温度でも、夏の日没後でも、働く。古来、日本の森林や農業を守ってきたのは和蜂であった。
といっても、安心してはいけない。雑木の乱伐、農薬の散布によって和蜂は消えてゆく。だから「強い和蜂の存在が日本の農業を救う」と主張している人もいるくらいだ。
今宵は、Aさんの友人が手作りの和蜂蜜焼酎を持って来られた。皆さんはお酒に強い。「これは旨い!」を連発しながら、和蜂蜜を肴にして和蜂蜜焼酎をケロリとして一升瓶を呑み干された。
それもいいけど、別のものを妄想してみれば、〔妄想レシピ=対馬在来蕎麦ガレット+和蜂蜜〕なんていうのは朝食としていいのでは・・・。
対馬新作の、猪のハム、ソーセージもあるので、それを挟むのもいい。

これで三食できあがった。

〔江戸ソバリエ認定委員長、エッセイスト ☆ ほしひかる