第128話 深大寺蕎麦には鳩笛がよく似合う
お国そば物語⑪深大寺蕎麦
昭和45年の秋、私は社会人3年生、仕事に少しだけ慣れたころだった。車を運転していたとき、カーラジオが臨時ニュースを報じた。
「三島由紀夫が市ヶ谷の陸上自衛隊に乱入、割腹自決!」
「割腹! 自決! あの三島由紀夫が自衛隊に乱入!」 私は車を停めてラジオに聞き入ったが、こんなにも驚愕したニュースは生まれて初めてであった。
これまで三島由紀夫の小説はそんなに多くはないけれど、何冊かは読み、美しい文体に憧れていたものだった。
その中に『葉隠入門』もあったが、まさか彼が武士として切腹するとは・・・・・・。ショックを受けた私は、この事件をどう理解してよいのか、わからなかった。
☆サンフランシスコの三島由紀夫
それから37年が経って、久方ぶりに三島由紀夫の文章に出会った。それは平成19年、仲間と蕎麦打ちボランティアでサンフランシスコに行くことになったときだった。
たいていの人は旅行をする前に、その行先のことを書いた本などを読んだりすることがあるだろう。私もそうだった。
そんな中に三島由紀夫の『アポロの杯』というのがあった。26、7歳の三島が初めて外国旅行したときの航海日誌であった。
彼は1951年1月6~8日にサンフランシスコを訪れていた。しかし、その観察眼はやはり「天才、鬼才」と言われるだけあって、鋭かった。
たとえば、合衆国を「与えられたものではなく、獲得された」ものと定義し、味噌汁論にいたっては、26、7歳の若さと気負いがあるにしても、たかが味噌汁をそこまで看破するのかと呆れながら、読み入った。
彼はこう述べていた。「日本人が移入して、ささやかに日本人の間だけで売られている味噌汁には、こうした意味で二重の不調和があり、二重の醜悪さがある。それは善意を欠いた消極的な小さな汚れた嘘のようなものであるのと同時に、移住した風土と調和を見出し、あるいはこれに反抗しようにも、その対象を見出すことのできない迷児になった風習であり、しかも遠い故国の風土自身が精力に乏しいところから、畸型に育ったその遺児なのである」。
サンフランシスコで、伸びたラーメンやだらしない回転寿司を食べてみた私は、「確かに。小さな汚れた嘘で調和を見出そうとする迷児」と三島の〝サンフランシスコ味噌汁論〟に深く肯いたのであった。
【蕎麦打ちボランティアinサンフランシスコ☆ほしひかる絵】
☆深大寺の三島由紀夫
縁あって、深大寺「門前」の店主浅田さんと親しくさせていただいている。
その浅田さんから先日、あるきっかけがあって、三島由紀夫が『鏡子の家』という作品の中で深大寺のことを描いているということを教えてもらった。
さっそく、読んでみた。すると、「描いている」という軽い程度ではなく、深大寺の描写は重要な場面だった。主人公の一人である画家が絵のモチーフをつかめないでいるとき、深大寺へ出かけて行って落日を見て、これを描こう、と心に決めるのである。
と、こう簡単に言ってしまうと、なにか安っぽく感じるが、三島の感性はそうではない。ただ、ここは画論ではないから、ここまでにするが、私が魅かれたのはもうひとつのキーワードとなっている「鳩笛」であった。
主人公に鳩笛を買わせてそれを吹かせているのであるが、おそらく三島は、その天性的感覚をもってもっとも深大寺らしい物として鳩笛を選んだにちがいない。
振り返ると、深大寺さんとは10年ちかいのお付き合いをさせてもらってきた。毎年の深大寺蕎麦を味わう集い、深大寺十三夜、元三大師中開帳、八十八世完俊晋山法会、夏蕎麦を味わう集いなど、多くの催事に参加させていただいた。
その体験と、三島の味噌汁論で彼の感性を信じている私は、彼が選んだ鳩笛は深大寺蕎麦とよく似合っていると直観した。
だから私も鳩笛を取って鳴らしてみた。
「ほ~♪」
鳩笛には、深大寺の鐘の音や蕎麦のすべる音に共通する音が感じられた。それは奥深さをふくんだ単純な音。まぎれもない日本の音階であった。
参考:三島由紀夫『葉隠入門』(カッパブックス)、三島由紀夫『アポロの杯』(新潮文庫)、三島由紀夫『鏡子の家』(新潮文庫)、
お国そば物語(第124、121、120、119、118、89、66、48、44、42、24、9、7話)、
うち深大寺蕎麦関係(第124、48、9、7話)、
ほしひかる筆サンフランシスコ関係記事;
「蕎麦談義」第49話、
江戸ソバリエ協会サイト「国境なき江戸ソバリエたち」↓
http://www.edosobalier-kyokai.jp/kokkyou/kokkyou.html
「水の国から火の国」「想い出のサンフランシスコ」「明日に架ける橋」「サンフランシスコの咸臨丸」、
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〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる〕