第50話 ある共同体の世話人像

     

  「江戸ソバリエ」誕生(二)

 

☆共感、分かち合い 

 最近読んだ本のなかで共感したものがある。F・ドゥ・ヴァール著『共感の時代』と、神野直彦著『「分かち合い」の経済学』である。

その粗筋は置くとして、両書のなかで「なるほど」と納得したのは次のようなことである。

   1.『共感の時代』    ・動物は相手を蹴落とすより、仲間と協力することによって生き延びてきた。  ・利己的な人間というのは、本来動物が有しているはずの〝協力〟ということにおいて、深層的な障害をもったまま生まれてきた。   2.『「分かち合い」の経済学』  ・〝奪い合い〟が、この社会を壊しかかっている

 ☆蕎麦喰地蔵講

 話は変わるが、平成17年10月1日から開催してきた、練馬九品院における「蕎麦喰地蔵講」も平成22年6月12日で第10回を迎えた。5年10回と続けてきた講の、江戸ソバリエを中心とした世話人さんたちをみていると、まさに冒頭の良書に描かれている精神が流れていることに気づく。

 地蔵講の世話人には、代表のご住職と事務方と賄い方の三者がいるが、(1)この三者は報連相 (報告・連絡・相談) で結ばれてはいるが、(2)それ以上相手の領分に絶対口を出さないという、信頼と協調関係ができあがっている。

 しかも、各自は謙虚にも「お世話をさせてもらって、ありがたい」と思われているようで、間違っても「世話をしてやっている」とか、「貢献している」というような、不遜な様子はまったくうかがえない。

 お互いがお互いを認め合って信頼するには、蕎麦についての実力が備わっていなければならない。実力が自信となり、自信が信頼の素地となる。

 その点講の世話人さんたちは申し分のないほどの実力をおもちである。

 そうして、もうひとついえることは、協力ということが不可欠なボランティアの世界では、他人が喜ぶを喜ぶ共感力と人さまの努力に感謝する気持がなければならないと思う。これも世話人の日常会話をうかがっている限りはっきりと見受けられるのである。

 蕎麦喰地蔵☆ほしひかる絵】 

 ☆江戸ソバリエ・ルシックの資格 

 ところで、当協会では、昨年からリーダーコースともいうべき上級のコース「江戸ソバリエ・ルシック」認定講座をもうけている。

この講座でもっとも伝えたかったことは、まさに上述の(1)実力、自信 ⇒ 信頼、(2)共感、感謝 ⇒ 協力、ということであり、それが「江戸ソバリエ・ルシックの資格」だともいえる。

  かつては、タテ社会の象徴のような会社組織が、ある意味ではわれわれの拠であったが、今はそれはない。日本人が古来より築き上げてきた〝人間の絆への信頼感〟の上に、経済やビジネス論理を上乗せしすぎたため、その重さによって崩壊したのである。

 しかし、このままでいいかというとそうでもない。現代社会を観ていると、人々はやはり〝人間の絆への信頼〟を求めている。しかも、以前とは異なる柔らかい組織の・・・・・・。

 もし、そうだとしたら、ひとつの趣味で結ばれるような共同体は人々のひとつのとなりうるのではないだろうか。たとえば江戸ソバリエの会のような存在もあるだろう。そうしたとき、上述のような「江戸ソバリエ・ルシックの資格」をもった方々に江戸ソバリエの会の世話人や頭になってもらいたい、と願っているのである。

  人々が、人間としてよりよく生きていきために

  Better Living As Human

参考:F・ドゥ・ヴァール著『共感の時代』(紀伊国屋書店)、 神野直彦著『「分かち合い」の経済学』(岩波新書)、 熊倉功夫編『柳宗悦茶道論集』(岩波文庫)、 辻邦生著『安土往還記』(新潮文庫)、 司馬遼太郎著『燃えよ剣』(新潮文庫)、 安部公房著『榎本武揚』(中公文庫)、 安部公房著『飢餓同盟』(新潮文庫)、 安部公房著『けものたちは故郷をめざす』(新潮文庫)、第46話「江戸ソバリエ」誕生(一)、

  〔江戸ソバリエ認定委員長、蕎麦喰地蔵講発起人 ☆ ほしひかる〕