第397話 出流山の《寒晒蕎麦》
1月14日、出流山満願寺の門前の「いづるや」で、《寒晒蕎麦》を頂く機会があった。
出流山満願寺(栃木市)というのは、日光山を開いた勝道上人によって8世紀末に創建された古寺である。ご本尊は弘法大師の手による十一面千手観音、1100年以上経った今も、本堂の中央に存す。
その寺の奥ノ院近くに落ちる不動の滝の霊水に、新蕎麦の実を約10日間浸けてかから寒風に晒して打った蕎麦が、出流山の《寒晒蕎麦》である。
今日は、雪こそ降ってないが、本堂内は冷蔵庫の中のように冷たい。さぞや不動の滝は「霊水」ならぬ「冷水」もいいところだろう。
寒晒処理した蕎麦のGABA含有量は、していない蕎麦に比べて2~4倍多くなることが、茅野市商工会議所+信州大の井上直人先生によって確認されている。
今日の蕎麦は栃木県・仙波産 ― 山間にある仙波集落は、鎌倉時代ぐらいから一早く蕎麦栽培を始めていたと聞いている。
現在は、出流山の蕎麦屋9軒全店が揃って《寒晒蕎麦》を供しているが、今日はその中の代表的な店「いづるや」で頂いた。
運ばれてきた蕎麦は、4人分を「盆笊」という大笊に盛られている。「おお」と思って尋ねてみると、この地区では昔からそうしているらしい。
「おお」と思ったのは、鎌倉時代などの史料を見てみると、麺類はこのように大きな「蒸籠」に盛ってあって、食べるときに小椀に分けて食べていたようである。
だから、この《盆笊蕎麦》はそうした古い流れを継ぐ盛り方なのかもしれないと思ったわけだ。
厨房に行って見ると、出流山の蕎麦打ちは、いわゆる「江戸式蕎麦打ち」ではない。
1本の太い延し棒で円状に延す。そして小間板を当てずに直接庖丁で素早く切っていく。今までこういう打ち方を見たことがないわけではないが、それはデモンストレーションばかりであった。今日のように、こうした山間の蕎麦屋さんの厨房で、仕事として、一本棒・円延し・手小間切りの蕎麦打ちを生で見るのは初めてであったから、感動ものであった。
《寒晒蕎麦》のGABAはストレス緩和作用があるというが、それでなくとも、山間で古流で打った蕎麦は、清々しいと思った。
《参考》
・『蕎麦春秋』vol.5
・『慕帰絵詞』=麺類は鎌倉・室町時代には寺院で作られ、寺院で食べられていた。
・大竹道茂「江戸東京野菜通信」1/21号
http://edoyasai.sblo.jp/
〔文 ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる〕