第424話 『麒麟の舌を持つ男』

     

~ 宮廷料理 ~

日本では神仏に食物を供える《神饌》や《仏供》は存在するが、《宮廷料理》というものはないに等しい。それは和食が発展したのが、王朝時代ではなく、室町の武家政権の時代だったことも大きい。
対して、近隣の、朝鮮も中国も琉球も、立派な宮廷料理があった。その中の中国清朝のころの宮廷料理「満漢全席」は有名だ。
以前、「日本橋そばの会」の皆さまと、中国・北京北方の承徳という所を訪れたとき、ランチに「満漢全席」のミニコースを頂き、「これが、噂の満漢全席か」と多いに楽しんだものだった。しかし、「満漢全席」の何たるかも知らなかったため、献立表を見ながら「これ、駱駝?」なんて目の玉を白黒させるだけだった。
帰国後、NHKの「満漢全席 完全復元」という番組を見たり、南條竹則の『満漢全席』という小説を見つけたので目を通してみたりしているうちに、多少とも知識が増えたせいか「もう一度味わいたい」と思ったりしたが、なにしろ宮廷料理である。そう簡単ではない。

そんなことを思っていたとき、今度はその「満漢全席」を上回るほどの料理レシピを創作しようとする男を材にした小説と出会った。
物語は、題名にもなっている『麒麟の舌を持つ男』と呼ばれる天才的料理人が、関東軍の極秘命令で、天皇のために「満漢全席」を上回る「大日本帝国食菜全席」を創作するところから始まる。
なぜ「麒麟の舌」なのかは分からないが、麒麟は想像上の動物だから、さらに想像を絶するほどの舌の力をもっているということなのだろうか。とにかく、時代は第二次大戦中である。男は、日本国のために、天皇陛下のために働けることに遣り甲斐をもって臨み、「春のレシピ51」「夏のレシピ51」「秋のレシピ51」「冬のレシピ51」を完成させた。

しかし、宮廷料理というのは、そもそも何なのか?
たとえば『エリゼ宮の食卓』では、ミッテランやシラク大統領が、フランス文化の重要な要素である料理、ワイン、儀礼などを総動員して、どのように外国指導者を接待したのか? がレポートしてある。
そう、宮廷料理というのは、外交である。外国の要人をどのようにお持て成しをするかが重要である。
ところが、関東軍の命令には彼らの陰謀が絡んでいた。それは本来の使命を冒涜するようなとんでもない命令であったのである。
「麒麟の舌を持つ男」は、そのことを知ることになり、そして殺される。
小説は、「男」は誰に殺されたのか? 散逸した幻の「春夏秋冬のレシピ」は何処にある? とミステリー風に展開し、そして終章でもう一人の「麒麟の舌を持つ男」が明らかになる。

この『麒麟の舌を持つ男』は最近、文庫本で『ラストレシピ』として出版され、さらに映画化されることになったらしい。
そこで、映画製作の際には「服部栄養専門学校が協力」と聞いたから、服部先生にお会いしたときにお尋ねしてみたら、「100以上の料理を作った」とおっしゃっていた。
私は、小説の中で出てくるラストレシピである《スッポン雑炊》を食べてみたいと思った。なぜなら、幻のレシピの中で、これだけが父から娘に、娘からXに伝えられた『真のレシピ』であると思うからである。
「ン、Xって誰?」
それについては、ミステリーだから、いま明かすわけにはいかないナ・・・!

《参考》
*田中経一『麒麟の舌を持つ男』(幻冬舎)
*南條竹則『満漢全席』(集英社文庫)
*NHK-BS「満漢全席 完全復元」(平成23年11月1日)
*西川恵『エリゼ宮の食卓』(新潮文庫)

*挿絵:承徳市「外八廟」
*写真:満漢全席店

〔文・挿絵・写真 ☆ エッセイスト ほしひかる