第425話 世界最高のジャズ=世界最高の江戸蕎麦
2017/06/21
~「A列車で行こう」~
「Take The A-Train」が始まった。この曲はリズムが心地いいが、それにもまして、若いころから聴いていた私には、青春時代の匂いがするようだ。
だから、数年前にNYを訪れたとき、この夢のA-Trainに乗ってみた。実際は、東京の日比谷線の電車みたいでどうってことはなかったが、一人で幸福感浸りながらシートに座っていたものだった。
よく「ジャズと蕎麦は似ている」といわれる。だからなのか、「無庵」など個性派の蕎麦屋がBGMにジャズを流しているが、確かに雰囲気はピッタリだ。
しかしそれよりも、奏者によって、蕎麦を打つ人によって風味が違うという本質的なところが似ているのだと私は思っている。
たとえば、デューク・エリントンと、ダイアナ・クラークの「Take The A-Train」を聴き比べてほしい。
*デューク・エリントン「Take The A-Train」
*ダイアナ・クラーク「Take The A-Train」
https://www.youtube.com/watch?v=pZEK8dvfXuQ
まるで別の曲である。この個性・・・、それがジャズである。
われわれが好きな江戸蕎麦もそうだ。たとえば、菅野成雄さん(「蕎亭大黒屋」)、阿部孝雄さん(「竹やぶ」)、高橋邦弘さん(「達磨」)、細川貴志さん(「ほそ川」)、小野寺松夫(「松翁」)さんのお蕎麦は各々が別物だ。江戸蕎麦ほど個性の出る食べ物はないだろう。
そんなこんなで、われわれは「ジャズ+蕎麦会」を開いているが、今宵は第4回目、会場は駒込「小松庵」。ジャズ・メンは、Vocal &Guitar たまき鈴、Sax 藤井政美、Bass 山本優一郎、Drums 山口圭一の4名。
一曲ごとに熱い拍手が続く。聞いている皆さんには、各々の思いがおありなんだろう。
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☆ジャズ♪
アメリカのもっともアメリカらしいところは「奴隷解放」(1863年)にあると思う。当時のアメリカには《正義》というものがあったから、それができたのだろう。
しかしながら、現代にそういう《正義》らしさは、世界中どこにも見当たらない。その憂いから、小生は、『日本そば新聞』に「世紀の舵取」という拙い小説を連載しているのだが、それはさておき、奴隷の話というと、決まって1619年の出来事から始まる。
それは、日本でいえば江戸時代初期にあたるが、オランダの軍船が初めて20人の奴隷を西アフリカから西インド諸島を経由してアメリカへ、労働力として輸出した。それ以降200年にわたって、少なくとも数千万人の奴隷がアメリカに輸出されたといわれている。
彼らアフリカンは特有の民俗音楽をもっていた。しかし幸せなアフリカでは確かに民俗音楽であったかもしれなかったが、アメリカに強制的に連れて来られた奴隷の身では「楽しい音楽」どころではなかった。彼らは故郷の民俗音楽様をもって、境遇の過酷さを嘆き、叫ぶだけであった。それが《シャウト》などと呼ばれるものであったが、やがて彼らは《労働歌》《囚人歌》《黒人霊歌》などを口ずさむようになった。これが後にいうジャズの第一層である。
アメリカ史から見ても、アメリカを大きく変身・発展させたのは、南北戦争(1861~65年)と奴隷解放であるが、当然これによって黒人たちの運命は変わった。
南部の農業経営者が戦いに破れて破綻すると、黒人たちは職を求めて北部へ大挙して移動し、北部の工業に従事するようになった。
そんな彼らの中から《ブルース》や、1890年代中頃には酒場のピアニストたちによるリズミカルな《ラグタイム》が生まれた。
それは、黒人とクリオールとの出会いによって生まれたのだという。「クリオール」というのは白人と黒人の混血人である。クリオールはアフリカ黒人独特のスイング感、即興性、個性と、ヨーロッパ音楽のメロディ、ハーモニーと、楽器の両方を知っていた。異文化どうしはなかなか融合しえない。必ずつなぎが存在する。この場合がクリオールであった。彼らは二者の融合を黒人に示したのであった。黒人たちはアフリカンの音楽感をベースに、ヨーロッパの楽器を使って、ヨーロッパ流のメロディを奏で始めた。これがジャズの第二層となった。
それから、特にニューオリオンズでは黒人たちのブラスバンドによる祝祭や葬送の《行進曲》が盛んになった。これが「ニューオリオンズがジャズ発祥の地」といわれる所以である。
ところが、第一次大戦中、ニューオリオンズの港が軍港になると、彼らはまた追われてシカゴ、ニューヨークへ大移動を余儀なくされた。しかし、そのことがかえってジャズの全米的、ひいては世界的な普及と発展につながったのである。
これ以降のことは、ジャズ本を見れば分かる。いずれもニューオリオンズ ⇒ シカゴ ⇒ ニューヨークへの進転・普及、あるいはモダン ⇒ ポスト・モダンとその変化・発展を説明してある。
そして初期のジャズ・ジャイアントとして、シカゴのルイ・アームストロングやニューヨークのデューク・エリントンなどを紹介している。冒頭の「Take the A-Train」は、41年からデューク・エリントン楽団のバンド・テーマになった曲だ。
かように、アフリカ由来ではあるが、アフリカとは無縁の音楽が彼らの手によって生まれ、都会に浸透するにつれ洗練された《アメリカの音楽》になっていった。それが《ジャズ》である。
そのことを音楽評論家&思想家のリロイ・ジョーンズは「アメリカ人になろうとする者が、アメリカを、あるいはアメリカ文化を発見した」のがジャズだと述べている。
蕎麦もジャズと似ているようなところがある。
四川・雲南をルーツとする蕎麦だけど、日本に上陸するや、京都、江戸という都会の洗礼をうけることによって、寺方蕎麦、江戸蕎麦として成長し、もはや中国由来とは無縁の食べ物となった。
世界最高のジャズを聴いていると、われわれもまた世界最高の江戸蕎麦を創り上げることによって日本文化を発見したのではないかと思えてくる。
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《追記》
ダイアナ・クラークとは、いつもすれ違いだ。
NYの「Blue Note」に行ったときは、惜しいことに先週までが彼女の出演だった。
また、十数年ぶりに来日したときも、残念ながら小生の地方出張と重なって、コンサートへ行けなかった。
時折、「Fly Me To The Moon」を聞きながら、彼女のジャズ節を生で聞きたかったと今も悔しがっている。あゝ無常!
《参考》
・リロイ・ジョーンズ『ブルース・ピープル』(平凡社)
・第4回「ジャズ+蕎麦in小松庵」の模様は『蕎麦春秋』vol.42をご覧ください。
〔文・挿絵 ☆ エッセイスト ほしひかる〕