第451話 おらがそば《すんきそば》
木曽の郷土そば《すんきそば》を久振りに食べた。
学生時代のジャン友と集まる会が木曽であったので、東京を出るときから「木曽へ行くなら《すんきそば》」との企てをもって特急「あずさ」に乗った次第である。
《すんき》というのは木曽名産の漬物である。
友人の話によれば、すんきの素は、小梨(木曽では「ズミ」といっている。)、山葡萄、山梨など山に自生する果物を叩いて潰し、発酵させたものらしい。
それに赤蕪の葉を漬けるいわば発酵食品であるが、いつか漬けるところを見てみたいものである。
で、この《すんき》はどうやって食べるのかというと、
1)《すんき》をそのまま器に取って、お好みで鰹節をのせて醤油を垂らし、食べる。
2)また、味噌汁に入れて《すんき汁》として食べる。
3)そして下記のように《すんきそば》として食べる。
例えば2人分では、すんき100g+そば250g+鰹節適量+つゆ(水500ml+醤油大匙3杯+味醂大匙3杯+鰹節適量)で作るという。
そんなわけで、《すんき》自体が名産であって、《すんきそば》は《すんき》のいろんな食べ方の一つだという。
それはおそらく、木曽の誰かが、茸汁などの代わりに《すんき》を入れ、「これは食える」と思ったのが初まりの、《おらがそば》だったのだろう。そしてこの食べ方が木曽地区に広まり、今では《郷土そば》というようになったのだと思われる。それは都会の「賄い飯」が「メニュー」の一つに格上になった構図と似ているのかもしれない。
ところで、一般的に漬物というのは塩漬であるが、「すんき」は塩を使わないところが特徴であるといわれている。
山国信州では塩が貴重。同じ中信に「塩尻」という所があるが、そこは塩街道の終着地だというが、地名になるほど貴重だということらしい。だから、塩を使わない漬物が誕生した。
ところが、木曽の《すんき》の話はこれだけでは終わらない。
こうして、辛酸な生活の中から生み出した食べ物を大事にしようとする気持があるところが木曽の人たちのスゴイところである。
たとえば、
*木曽町は、木曽ならではの伝統食、日本の食文化を大切に、健やかな食生活と産業づくりに約立てようということで、「発酵食品振興条例」を制定し、また町立の「地域資源研究所」まで設立した。
それに、
*材料の赤蕪は、信州の伝統野菜認定されている。
*漬物の《すんき》は、長野県の味の文化財に指定されている。
*木曽の赤蕪と《すんき漬》は、伝統食としてインターナショナルスローフード協会が未来に届ける食の遺産として「味の箱舟」に認定している。
という具合だ。
だから、郷土そば《すんきそば》は、塩がふんだんにある都会や海辺の街で食べるものではない。山国木曽でこそ食べる物である。
と、木曽の友人に言ったら、「よく分かってるじゃないか」と満足そうに笑っていたが、他の連中は「そんな大げさな喰い物じゃないだろう」なんて顔をしていた。
〔文・挿絵 ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる〕