第472話 更科堀井の《うし蕎麦》はいかが
2018/02/11
老舗「更科堀井」は秋にNY進出を計画されている。そのためのメニュー開発も意欲的である。その一つとして「《うし蕎麦》を考案したから、食べに来ないか」と誘われた。
ただし、会場は六本木のステーキ「格之進」で開催された「肉肉学会」であった。店内には、肉の生産者、肉の販売社、ステーキ・焼肉屋、フード専門家たち約50名が集まっていた。
受付をしようとすると、「あら、ほしさん♪」と手を上げる人がいる。見ると、ソバリエさんである。驚いたが、ソバリエさんたちは勉強熱心だから、何処でも見かける。
最初に生産者お二人のお話。田中畜産は但馬牛の放牧経産牛について、八丈島乳業はジャージー牛の自然放牧の紹介である。
お二人とも、牧畜仕事への誠意と夢を一杯に語り、仕事を楽しんでいる様子がうかがえて、聞いていて気持がいいくらいであった。
経産牛というのはお産経験のある牛で、美味しいとされている。ジャージー牛は茶色の牛である。二者ともに自然放牧で育ているという。
昔から「牛は西国、馬は関東」といわれているが、鎌倉末期に河東牧童寧直麿という人が書いた『国牛十図』という書物にも、優れた国牛 ―「筑紫牛、肥前御厨牛、淡路牛、但馬牛、河内牛、丹波牛、大和牛、遠江牛、越前牛、越後牛」を紹介してあるくらいだ。そのうちの但馬牛というのは、黒毛和牛のルーツとしても知られている。
今宵の学会試食会は食事会でもあった。御献立は以下の通りである。
*八丈島乳業ジャージー牛乳と市販牛乳の対比
*八丈島乳業モッツァレラチーズのカプレーゼ
*八丈島乳業ジャージー牛マスカルポーネサラダ
*八丈島乳業ジャージー牛乳のラザニア
*28ケ月齢ジャージー牛コーンドビーフ
*28ケ月齢ジャージー牛リエット
*28ケ月齢ジャージー牛モルタデッラ
*田中畜産但馬牛放牧経産牛(焼)と28ケ月齢ジャージー牛(煮)の食べ比べ
*28ケ月齢ジャージー牛ソトモモローストビーフ
*28ケ月齢ジャージー牛リブロースステーキ
*更科堀井×格之進 牛スジ蕎麦&シンシン蕎麦
私は絵が好きだから色の違いが判る方だが、八丈島乳業ジャージー牛乳は乳白色、つまりちょっと黄色みを帯びていた。対して市販牛乳は真っ白色である。味は前者が濃かったが、いつも飲んでいる市販の物が思った以上に薄っぺらい味がしたのには今さらながら驚いた。
肉の方はいずれも自然放牧の牛だから、肉質や香りに野性味が感じられた。
蕎麦も然りだが、自然物というのは香りが強い。だから、昔の、すき焼き屋や蕎麦屋は、肉や、蕎麦の匂いがプンプンしていて外にまで流れていたが、今の店はそれがあまりない。
さて、今宵の〆の蕎麦である。
一品は「スジ肉」(アキレス腱の部分、または腱が付いた肉のこと。)のつゆ、二品は「シンシン」(牛の後脚の付け根、ウチモモより下部にある部分)のつゆ。
私も、周りの人たちも、「シンシンの汁がきめ細かくて美味しかった」との感想だったので、堀井さんに「成功じゃないですか」と申上げた。
それにしても、《鴨なん》は存在するが、なぜ《うし蕎麦》はなかったのか?というと、それは牛の脂質の粒子は大きく、鴨肉は粒子が細かい。その細かい粒子が麺に絡みつくから使えるのだそうだ。だから、今宵の《うし蕎麦》は牛の粒子のアクを徹底的にとって汁にしたのだという。
でも、粒子のせいばかりだろうか。蕎麦粉と小麦粉の性質と肉の脂質の相性いうのはないだろうか。なぜならRamen やUdonには鶏の他に獣肉を使うが、なぜ Sobaは獣肉を使わなかったのだろうか。(一部、《カレー南蛮》は豚肉だったりするが。)
そういえば、中国大陸や朝鮮半島では伝統的に〔蕎麦+鳥汁〕だし、日本列島に渡来した当初は、日本もそうだった。
と、一杯の《うし蕎麦》の先にある世界の麺と肉、世界の蕎麦と肉を透視したい気持になるが、なかなか見えてこないのが残念である。
〔文・挿絵 ☆ エッセイスト ほしひかる〕